トヨタ・プレゼンツのアンダーグラウンド・エクストリーム・ミュージック

Scion(サイオン)というアメリカの若者向け自動車メーカーについて。
あまりなじみのないメーカーだと思うが、北米で特に若者向けの「スタイリッシュ」な車を販売する、何と、泣く子も黙る日本のTOYOTA下のブランドだそうだ。

サイオンのロゴ。これがジャケットに載るわけである。

何でまたトヨタの話などをここでするか。2008年の「トヨタショック」によりトヨタ傘下の下請け企業で解雇が相次ぎ、知り合いが解雇され、よく名古屋のライブにいた出稼ぎのブラジル人たちも解雇され国に帰らざるをえなかった、という話ではない。サイオンがアメリカでメタルやハードコア・パンクバンドのリリースをしたりライブを企画し、物議を醸しているという話である。
実は何年も前からこういった私たちの身近な音楽のシーンに「関わって」いるらしいのだが、遅まきながら私が初めて耳にしたのは、昨年マケドニアで、友人イヴァンの話からだった。イヴァンは何年か前にアメリカのMagrudergrindというバンドの最初のヨーロッパツアーを企画し一緒に回ったらしいのだが、そのMag…が2年ほど前だかに件のサイオンと契約をし、そこからレコードをリリースしたそうだ。トヨタがレコードをリリース?と思うかもしれないが、サイオン傘下のScion A/Vという、車ではなく音楽や若者の「ライフスタイル」をマーケット対象とするレコードレーベルがあり、そこからのリリースである。アンダーグラウンドを地で行くイヴァンにすれば、以前付き合いのあったバンドがいきなりそんなお金の臭いのすることをやってしまったから驚きと共に落胆したのだろう、悲しそうに話してくれた。
サイオンのいわゆる「レーベル契約」というのは、聞いた限りではお金はもらえないがタダでレコードを出してもらえる、但し、レコードのジャケットにサイオンのマークを入れなければならない、ということだった。現にMag…の「Grind Crusher」のパクリジャケのEPの下の方に、ちゃんとロゴが入っている。そしてそのEPはタダで配布されたと言う。

結構素晴らしいメンツである。しかも入場無料

その他聞いた話では、アメリカのある町のレコード屋の横でサイオンが車の試乗会を行い、試乗した皆に、そのレコード屋で使える15ドル分のギフトカードがもらえる、というキャンペーンをやっていたこともあるらしい。運転手だけでなく、後ろに乗った人も15ドルゲットで、そのままレコ屋でレコードに換えるわけである。
またサイオンが企画しているのが、EaracheやRoadburn、Southern Lordや果てはBridge Nine、A389など、様々なレーベルと手を組んだショーケースのようなものであったり、「Scion Rock Fest」と銘打ったなかなか素敵なメンツのフェスティバルである(詳細はこのあたりのページを)。しかもどれも入場無料というから驚きである。

さて、トヨタという大企業が侵入してきたことに加え、この無料というのもどうも議論の的になっているようでもあって、それが実はサイオンのマーケティングの肝なのかもしれないとも思わせる。ある海外のネット掲示板でサイオンの話題について目にしたものを下に幾つか(大意):

-「タダで私たちの文化をサポートしてくれてるんだから、きっといい企業だよ。」
-「タダより高いものはない。タダでレコードをリリースできるからってそんな話に飛びつくバンドはどうかしている。」
-「私たちは逃れようの無い資本主義の世界に生きていて、何らかの形でそれをサポートしてしまっている。別にMag…がタダでリリースしたからって、それでサイオンに心を売ったことにはならないし、音楽がよければそれでいいんじゃないか。」
-「トヨタがやろうとしていることは、すぐにサイオンの車を買わせるとかそういうことではなく、シーンにじわじわと浸透していって、長期的なマーケティングとして、例えば今後若くてあまりよくわかってない人たちが車を買ってしまうようにするために、今すべてタダでやってるんじゃないのか。」
-「サイオンなんてクソだ。」
-「(Morne、From Ashes Riseなどのいわゆるクラストバンドまでがライブに出ることについて)そりゃやばいだろ。資本主義の怪物がDIYのパンクバンドにまで手を出してきたってことは、今日現在パンクロックがどうなってしまったかってことを惨めにも反映してるってことじゃないのか。」
-「誰もが完璧主義者ではないのだから、ライブに出たからって咎めるべきじゃないだろ。」
-「何が問題なのかわからない。出演するバンドはサイオンの車を買わなきゃいけないわけでもないだろ。」
-「バンドはお金ももらわないが、タダでレコーディングできてリリースができる。つまりそれはトヨタ製品の一部になるってことだろ。つまり問題は、そのバンドが世界最大の資本家とその環境破壊をサポートしてしまうってことだろうな。」
-「森や山ででも暮らさない限り徐々に資本にやられてくんだから、既存のシステムを利用してやればいいじゃないか。」
-「トヨタなんてのはアナキズムやパンクスが反抗すべきものの代表みたいなものだから、今までDIYカルチャーをサポートしてきたよううなバンドが次はサイオンと商売をやってるなんてのは悲しいよね。」

とまあ肯定も否定も色々ある。上記の書き込みがあったのは「Anarcho-Punk.net」というDIYパンク系の掲示板だったので否定的な意見がまだ多いのかもしれないが、別に資本主義的だろうがどうだろうがあまり気にしないメタルヘッズからすれば、タダでバンドがたくさん見れておまけに音源も手に入って、これに越したことはないのかもしれない。もちろんこんなものに出演するのは言語道断だと、そのバンドのスタンスで断っているバンドもいると聞くし、当地ではある種の「踏み絵」的な役割を果たしているようにも思える。

よくよくサイオンのリリースについて見てみると、去年はC.O.Cの新譜をリリースしているし(これも無料配布のみで販売なし。もちろんジャケットにはサイオンのロゴ入り!)、The Gates of Slumberの新作がダウンロードできたりもするらしい。別にメタルやパンクだけでなく、ヒップホップやガレージなんかもそのマーケティングの範囲にあるようである。ホームページを順に見ていくと、あら、このバンドもか、とか、あああんたもか、と知った顔がいくつか登場するのにも驚く。バンドの紹介だけでなく、ご丁寧にインタビューやジンまである。まあサイオンがそれだけ手広くやってるということの証なのかもしれないが、私が一番気持ち悪く思ったのは、やはり何を隠そうトヨタがやっているということであった。
もちろん日本のトヨタと言えどもその国に合わせたマーケティングをして自動車を売り出しているに決まっている。ヨーロッパでは色々なところでトヨタの車を見たし、車の名前もそれぞれ現地名に合わせてあったし、地元の販売店ももちろんあった。その土地土地に合わせたマーケティングの末、アメリカでは音楽に、しかもニッチなところに手が伸びた、ということだろう。もちろんトヨタも利益を出すためにやっているに決まっているので、何らかの戦略があるはずだ。「メジャー」なバンドに比べれば、ライブのセッティングにしても音源のリリースにしても、大企業にとっては大した金額ではないのかもしれないし、どこかで利益を出しているのだろう。それか将来的な利益のために、今は「投資」しているのかもしれない。その辺りについては正直よくわからないが、その表面的には慈善事業にすら見えてしまう「無料」というものも、何か気持ち悪さを感じさせる。
たとえばこれが、アメリカのアンダーグラウンドの一部のシーンでDIYという概念がもっとルールのような縛りを持っていた時代なら受け取られ方も違っていた、つまり、強力な(時には独善的な)DIY倫理やアナキズムの考えに基づいて、そんな資本主義の権化のようなトヨタと一緒に何かをするなんてありえるわけがない!と否定ばかりだったのではないかと思うのだが、それを踏まえた上でも肯定的な意見が見られたというのが純粋な驚きではあった。私個人としては、別にサイオンから出したからそのバンドは悪だとか、あいつらも落ちたもんだとか、もうあんなバンド聞かないなどとは思わないが(さすがにそれまであくまで「DIY」での活動を標榜していたバンドがそんなことになったら(上記Mag…はそんなバンドだったらしいので、イヴァンとこの話になったが)訝しく 思うが)、そういった政治的なことはそんなに気にせずにもっとリラックスして活動しているバンドが増えたのか、やはり不景気で仕事も見つからないし何より労働は苦痛なので、相手が大企業だろうが第三世界だろうが何とかしてツアーだけやってその日暮らしをしていきたいという願望からなのか、単純にもっと有名になりたいのか大きいハコでやりたいのか、資本に取り入って金を使わせて打撃を与えたと勘違いしたいのか、色々想像はできる。何事も移り変わりの激しいアメリカ社会の流れで生活環境や収入も常に変わる中、パンクバンドとして同じ主張(特にお金に関わる)を常に維持するのは大変であるし、その辺は臨機応変にやっているバンドが多いようにも感じる。それはまた、彼らがそうせざるを得ない状況であるということも意味するだろう。

とまあサイオンを槍玉にあげてみたが、日本にもトヨタがスポンサーになっているロックフェスも存在するようだし、別に対岸の火事というわけでもなさそうだ。まあ今時何をそんな尻の穴のこまいことを言ってるんだと言われそうなので、ここらへんで。

27. February 2013 by sats
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