スワンズと震災1週間後の記憶 | 焔と煙霧

スワンズと震災1週間後の記憶

Swansのライブを見た。
Swans来日と言えば、大阪の友人が90年代初めの初来日の時に見たという話を聞いて羨ましく思っていたのと、2年前、東京と大阪でのライブが震災の影響でキャンセルになったことをよく覚えていた。震災直後は色々なバンドの来日がキャンセルになったが、手前味噌ながら、私は震災のちょうど1週間後にアメリカのIron Lungというバンドの日本ツアーを企画しており、世間の流れに逆らって(そんなつもりはなかったが)、実行した。もちろん日本の状況に当然のごとく不安を覚えていたメンバーと事前に話し合って、彼らの了解を得ての上である。幸運なことに彼らの人間性には大いに助けられて、物販の売り上げ10%を寄付に回したり(今思えば寄付先をもっと近い人にしておくべきだった)、ドライだけど気の利いた言葉で私を励ましてくれさえした。ライブはほとんどが大盛況で、特に東京でのライブは、震災1週間後のまだ買占めが横行していた時でガソリンがないとか食べ物がないとかそんな状況だったので(岐阜ですらそんな有り様だった)、出発前に食料と予備の軽油を40リットル携行するなど(そのポリタンクすらどこも売り切れで買えなかったので、友人にお願いして持ってきてもらった)周到な用意を重ねてなんとか辿りついた。対節電のライブのため、Earthdomのフロアでのライブという特異な状況も奏功して、彼らも素晴らしいパフォーマンスをした。来てくれていた人たちの中には、やはりテレビで鬱々と災禍をただただ傍観するのみで何もできず、行きたいライブもキャンセルになり、八方塞がりの閉塞感を感じていたのでIron Lungが見れてよかったと言う人もいた。とてもちっぽけなことなのかもしれないが、パンクやハードコアというのは、閉塞を打破することもその存在意義の一つであると肌で感じたわけである。(ここにその日の動画があるので、よろしければご覧を→Iron Lung@Earthdom, 2011/3/20)。
その直後、ネットなどで「Swansはイモ引いて来なかったけどIron Lungは来てくれた」とか、「震災にビビらずに来日したのはシンディー・ローパーとIron Lungだけだ!」という意見を見たりして、Iron Lungの二人も多大な影響を受けているSwansはこんなこと言われてるよと彼らと話のネタにしたりした。もちろん退避勧告が出ていたあのような状況ではキャンセルするのも一つの選択であるので文句を言うつもりは毛頭ないが、その中で行ったあのツアーはやはり特殊だったと、ドラムのジェンセンと今でも話すことがある。「ぽぽぽぽ-ん」や絶えず鳴る緊急地震速報の音、まるで天皇崩御後かのような、あらゆることに対する自然発生的な「自主規制」(辺見庸の言うところの、「おのずからファシズム」)など、あの頃の日本の異常な雰囲気を思い出すと、Iron LungとSwansがいつも頭をよぎるわけである。
ライブ会場の代官山UNITに着いてちょうど入場の列に並んでいたときに、その2年前のIron Lungの東京のライブを企画してくれた友人ケミー(Dreadeye他)と偶然遭遇し、彼ともそんな話をした。

さて、そんなわけで頭の中で色々思い巡らせながら初めて見たSwans。曲はほとんどが同じリフの反復のインプロみたいでどの曲を演奏しているかはわからなかったが(同じ曲・リフでもきっとその時々によってまるで違う曲のように変化するのだろう)、かなりの大きい音量を背に受けて自由奔放にその場にいる全員をアジりながら動き回るマイケル・ギラ御大を目の前にすると、こちらまでその熱病にとりつかれたように恍惚としてくるようだった。また体験している内に、まるで初期のあの不快なビートを追体験するかのようないつ終わるか知れないリフの反復や、耳に痛い高音のパーカッション(あの下手のパーカッショニストは次々と楽器を変えて1人10役くらいやってた)、時々聞こえる物凄い低音、躁的なマイケル・ギラのボーカルなどは、まるで終わりのない拷問を受けている様にも感じてきた。マイケル・ギラは、すべての楽器から出る音をコントロールするニヒリスティックな指揮者のようでもあり、彼から発せられた呪文のような言葉、中でも「Liberté, Égalité, Fraternité(自由、平等、友愛)」というフランス革命のスローガン(一緒に行った相方に教えてもらった)の後に首を断つパフォーマンスを繰り返していたのには戦慄した。途中で一度電源が落ちたが2時間半くらいの演奏だったか、終わった後はぐったりした。
震災直後に来ていたらまた全然違った気持ちでライブを見ることになったのだろうし、新作『The Seer』も出る前なのでパフォーマンスもまったく違っていたのかもしれない。でもまあそれでも2年越しに(東京1日だけで大阪は無しになっているけど)ちゃんと来てくれてラッキーなことにライブが見れたのは素直に嬉しかった。そしてそのライブを見て、2年前のツアーのことや、あの異常な日本の空気、そこから遡って考えるべき福島への加害を無責任に思い起こした。

欲を言えば、個人的に一番好きなこの辺の時代の曲も今の解釈でやってくれたらなあとも思ったけど・・・。

20. February 2013 by sats
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