大島渚が死んで

前から考えてはいたことだが、無意識的にFacebookやTwitterなどのSNSに割かれている時間がどうにもこうにももったいなくなり、Twitterはいっそのことアカウントを消してしまい、Facebookはなるだけ見ないようにすればいい(但し海外の友人とのやりとりやリアルタイムでメールが来るメッセンジャーは便利なので継続利用はしよう)と思い立ち、実行した。今使っている携帯のSIMが下り100kbps制限なので読み込み時間が恐ろしく長いために元々あまり見ていなかったが、アプリも削除した。積読本は溜まる一方だし見たい映画もまだまだある。それにそろそろ金も稼がないといけない。消してみて、別になくても何てことはないものだし、要は使い方の問題なので、私には元々そんなに必要ではなかったのだろうと。

さて、私は先のツアーのオフ中だったか、大島渚が亡くなった。
2006年にシネマスコーレで観た『映画監督って何だ!』という、あまたの映画監督が役者に扮して、映画は誰のものかと訴えながら妙な劇を繰り広げる日本映画監督協会創立70周年記念の映画に出ていたのを思い出した。あの時ももうあまり何を言っていたかわからなかった気がするが、キョンキョンと若松孝二が主役のようだったか、原田芳雄も出ていたか。そういえばこの映画のメイキングのような作品、『映画監督って何だ?』を撮っていたのは佐藤真だった。今はもういない人ばかりである(キョンキョンは年々魅力的になってまだまだ健在だが)。

年末にTOKYO MXを見ていたら松江哲明と園子温が出ていた。園監督は言った、「もう映画監督なんかやめてコメディアンになる」。
311後、原発を真正面に捉えて劇映画を撮った人は園監督だけだとどこかで読んだ。もちろん規模によって様々だろうが、いわゆる「メジャー」での話になれば、大人の問題で撮れないのかもしれないし、保身を考えて撮れないのかもしれない。その辺はよくわからない。しかし撮るべき人がどんどん減ってきているのも確かである。これまで撮ってきた人たちはみなそういう年齢だ。『原子力戦争』や『生きてるうちが花なのよ・・・』などの一連のATGの「原発映画(と括っていいのだろうか)」で一番衝撃を受けた『人魚伝説』の池田敏春もそう言えば311前に死んでしまった。(ちなみに東映『トラック野郎』シリーズの5作目、片平なぎさの幽霊姿と桃さんの「ふるさとは遠きにありて思うもの」が身に染みる個人的にはシリーズ最高傑作、『度胸一番星』に登場する、千葉ちゃん扮するジョーズは、原発建設のために故郷の村を失っていた。70年代の映画におけるちょっと社会的なテーマとして原発が存在していたのは明らかだ。)
原発を横目に映画を撮り続けてきた人たちが、311以降どういった映画を撮るのかはとても気になっていただけに、この人たちの新作がもう見れないのはただ残念だ。しかしまあ大島渚はもう撮れないだろうこともわかっていたので、やはり氏の訃報を聞いて思ったのは、せめて若松孝二が生きていたらなあということであった。

http://www.youtube.com/watch?v=MAUMwrwCSeY

「度胸一番星、よーし、一世一代のスピード違反だ! 警視総監に言っとけ! パクれるもんならパクってみろってな!」

30. January 2013 by sats
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