新大久保より

名古屋の友人のバンドが新大久保でライブをするというので、久々に新大久保へ行った。
新大久保といえば韓国街。約2年振りに来たのだが、さらに韓国系のお店が増えたようである。荒い画質のアイドルのポスターや手作りPOP、無闇に明るい化粧品店の照明などが本国のそれっぽく、やや浮き足立つ。この雑な感じもいいのだが、個人的に韓国の一番好きなところは、食べ物がおいしくて安い点である。ソウルに行くといつもどこにでもある「キンパ天国(김밥천국)」で安いキンパとラーメンやビビンバ、チゲを食べて、1食5000ウォン(現在のレートで約450円、やはり随分円安になったようで、昨年5月ごろは底値だったのか1000ウォン=約70円だった。今見たら約86円)以内に収めて節約していた。それで腹一杯食べられるのだからお得なものである。
さて、腹が減ったのでキンパという文字が書いてある店に入ってみた。日曜の夕刻、店内は混んでいる。空いていた席につき、メニューを見てびっくりした。キンパが500円~、冷麺は1200円、チゲやパジョンは1000円~である。まあ一種の観光地価格なので需要と供給の面から考えても仕方がないなと思いつつも、店に入る前に値段を確認すべきだったと根っからの貧乏性からやや後悔し、そんなに会計がかさまないように適当に注文をする。まわりは韓流好きそうな女性ばかりである。しばらくして出てきた食べ物は韓国で食べるものと寸分の変わりもないくらいおいしかったのでそれなりに満足をしたが、やはり韓国料理は安くてうまくてなんぼだという勝手な考えも払拭できなかった。
そんな調子で昨日は久々に韓国料理を食べた。その後にライブを見た。そして今朝ニュースを見ていたら、昨日新大久保でいわゆる「嫌韓デモ」があったそうだ。

「韓国人出て行け」VS「民族差別は悲しい」 新大久保で応酬
http://tanakaryusaku.jp/2013/02/0006676

まあ今に始まったことではないが、相変わらずこの在特会の方々は耳を疑いたくなるようなことを平気で言っている。改めてタイプする気も起きない。排外主義、というよりは、極端にヒステリックなレイシズムとしか思えない。日本にももちろん現在進行形のレイシズムがある。

これまでこのブログで書いてきたようにギリシャで今起こっているレイシズムはもっと過激なもので、議会に席を持つ排外主義政党すらあるような状況である。今の例えば在特会のような存在は一般的な右翼からも毛嫌いされていると聞くし規模もまだ小さなもの(といっても会員1万人を越えるらしいが・・・)なのでギリシャのそれと簡単に比較することはできないが、ここで言えるのは、そういった直接ヘイトスピーチをするわけでもなく、インターネット上、日本ならより匿名的で「個」を出す必要のないツイッターや2ちゃんねるなどでそれを傍観したり賞賛したり、やるならもっと場所を考えてやれとお門違いなことを言ったりする「まわりの人」たちこそがそのヘイトスピーチに加担しているという、無自覚の加害性についてである。ギリシャなら、黄金の夜明けに投票した人たちであったり、移民への攻撃を横目で見ている地元の人たちなのかもしれない。それはもちろんその空間が人々をそうさせていることでもあり、ギリシャならば例えば経済危機によって仕事がないのに移民に自分たちの仕事を取られてしまうというナショナリズムを煽る恐怖を流布する人たちがいて、メディアもその論調に乗ってしまうことであるし、日本ではそこまで切羽詰ったものというよりも、ただネット上の物言う空間が、雰囲気として韓国や中国を嫌っているだけのようである。なので時には自分のフェイスブックのもう何年も実際には会っていない「友人」たちの流す情報として、韓流ブームや中国の反日デモに対してのレイシスト回答が自分の壁に表示される。SNSなどは自分と似通った考えの人が集まりやすいだけに、こういったのがポっと出てくるとびっくりする。がこれも現実である。人種差別などは海の向こうの話ではなく、身の回りにいくらでもある。
とここまで書いてきたが、これは自分自身への戒めも込めて書いた。人種差別だけではなく、あらゆる差別というのは常に身の回りに存在してきたわけで、それらに対していかに自覚的になれるか、いかに自らの加害性を認識できるか。目下、その最たるものが原発の成立ということである。被虐的でも結構。これは私自身の問題だ。

18. February 2013 by sats
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