【EL ZINE vol.22(2016年10月発行)】「ボクとPoison Idea」より

祝Poison Idea再来日!(今度は本当に解散?!)を記念(?)して、2016年の10月に出たEL ZINE vol.22に参加させてもらった集団コラム、その名も「ボクとPoison Idea」の自分の分を、ここにも転載しておきます(少し加筆修正済み)。他のコラム寄稿者が錚々たるメンツで、非常に恐縮した寄稿依頼だったんですが、特に元バンドメンバーの、Technocracy/Midnight Resurrectorの山口氏とMr.Koketsuのお二方の文章は必読なので、それはぜひ買って読んで下さい(1部だけGray Window Pressのサイトに在庫ありますが、版元はまだ在庫あるんかな)。

ツアー詳細は以下のかっこいいウェブサイトにて:
Poison Idea Japan Tour 2019


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いつだったか、松竹の三大巨匠(と呼ばれるのを本人は嫌がったらしいが)のひとり、渋谷実の映画を立て続けに何本も見て、ただただ圧倒されたことがあった。『現代人』(1952)で池部良が演じた戦後派の若者のニヒルな運命論や、小津安二郎を完全に食ってしまった『大根と人参』(1962)はもちろんだが、なんといっても、信仰の裏切り、仲間の裏切りを描いて、最後には登場人物みなが磔にされて焼かれるという超バッドエンドを迎えるキリシタン時代劇、『青銅の基督』(1955)は、もう開いた口がふさがらない。たまにある、「何だったんだあれは」体験だ。徹底的にアイロニカルで、予定調和なんか知ったことかとありえない展開を見せる渋谷実の映画は、とんでもなくハードコアだった。あれ、これは何かに似てるぞ、ああ、渋谷実は日本映画のPOISON IDEAなんだ。

大袈裟に言ってしまえば、パンクス、音楽を聞く人には誰にでも、その人のその後の「道」を行く(いや、踏み外す、が正解か)ことになってしまったバンドというものが、1つや2つあるはずだ。それまでの自分の音楽観や価値観を、文字通りひっくり返し、その後の(パンク)生活の指針になったようなバンドのことだ。私の場合、それはまだグラインドコアやデスメタル、メタリックなハードコアばかり好んで聞いていた10代の終わりに、当時住んでいた名古屋の今池ハックフィンで初めて見た、NIGHTMAREのライブがまず1つ。パンクは、ハードコアは、速さ激しさはもちろん必要だが、「それ以上の何か」がなければ、何の説得力もない、単なる「速くてうるさい音楽」に成り下がってしまう、ということを、若い頃の私はNIGHTMAREのライブに教わったのだった。
後は何だろうか、と考えていくと、そもそもハードコア・パンクって自分にとって何なのだろう、というとらえどころのない大きな難題にぶつかる。そんなこといちいち考えても仕方がないのかもしれないが、やはり気になる。先述の「それ以上の何か」、つまりソレを単なる音楽以上のものにする熱量のようなものが、私の場合、まず2本の柱としてあった。ハードコア・パンクが元来持ってきた「全部自分たちでやろう」という創造性であり、それと同時に、国内のみならず、他の国々の似たような境遇の人々とも連帯する国際性だ。そしてもう1つ、以前にもこのEL ZINE誌上で書いたこともあるが、最近はたとえその連帯の中においてでも、「ハードコア・パンクとは真に個であること」を思うことが多いが、今回改めて考えると、やはりそこには、社会に対して、自分に対して、時には仲間に対しての「批評精神」こそが、ハードコア・パンクを独特のものにしていると言えよう。私的ハードコア・パンク3本柱の一つ、批評精神。それは一体どこで学んだのか。

ちょうどそのNIGHTMAREを見たころ、当時名古屋でNINE CURVEというバンドをやっていたタバさんに誘われて、バンドを始めた。バンド名を決めるにあたって上がった候補が、“And We Burn”と“We Must Burn”の2つ。私たちはワケもなく燃えていたのだ。前者はHIS HERO IS GONEの曲から、後者はそう、POISON IDEAのアルバムからの拝借である。結果、後者を選択。そんな大層な名前を冠した割に、バンドの音はクロスオーバーがかった速いハードコアで(最初はCRUMBSUCKERSの“Just Sit There”をひたすらコピーしていた)、 果たしてバンド名と音がシンクロしていたかは正直微妙なところだが、そんな名前をつけてしまった以上、POISON IDEAのことを意識しないわけにはいかない。そこで手あたり次第にPOISON IDEAのCDやレコードを買ったり借りたりして聞き込んだ。
あまたあるPOISON IDEAの曲の中でも印象的な歌詞を一つ。当時よく一緒にライブをやっていたDISTRICTという名古屋のバンド(ベースだったAndyは今はMUR MURというバンドをやっている)が、よくそのキャッチーなイントロをカバーしていた、“Made to Be Broken”だ。

I only have one commandment (掟はひとつだけ)
Destroy to create, build a new (創造のための破壊だ、新しいものを創れ)

決まり事なんてクソだ、既存のルールなんてのは壊すためにあるものだ、という、とてもアナーキーな歌だが、これぞハードコア・パンクがあるべき姿だ!と、若かった私は妙に納得した。何気なくつけたバンド名を通してアナーキーな洗礼を受けたあと、私は無我というバンドに誘われて加わり、さらにその「道」の深淵へとはまっていった…。

イアン・マッケイをコケにして怒らせ(あのレコードのリリースに際し、In Your Face Recordsの元にイアン・マッケイ本人からDischordのスタンプ付きで苦情の手紙が送られてきたという愛すべき小話!)、自分たちはドラッグや酒に溺れることで、「パンクはこうあるべき」とエラそうに説くマジメなハードコア・パンクバンドを、攻撃的な曲とともに文字通り身をもって批判してきたPOISON IDEA。先に書いた私的ハードコア・パンク3本柱の一つ、 「批評精神」というのは、CRASSやCRUCIFIXのようなアナーコなバンドはもちろんのことだが、実はそれらとは一見対極にあるように見える彼らの、こういったアイロニカルな姿勢から大きな影響を受けて培ったものなのかもしれない。いや、ああいった破滅的なバンドや人というのはとにかくそれだけで魅力的だし、それは一種の憧れなのかもしれない。現実なんて知れてるから、自分がなれないもの、叶わないものに、より強く惹かれるのだ。

今や皮肉のひとつも通じない世の中が急速に押し寄せてきている。息苦しくて仕方がない。こんなときにはPOISON IDEAを爆音でかけて、ワハハとすべてを笑い飛ばすしかない。おさきまっくらな世の中の唯一の処方箋だ。

05. 8月 2019 by sats
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