スコピエの乱雑

スコピエにはぱっと見た限り、作られたばかりの真新しい彫刻や建築物がたくさんある。

先項のイヴァンに聞けば、それらのほとんどはここ1~2年で造られたものらしい。さらには新しいミュージアムや国の施設の再建なども順次行われており、それらはバロック様式に模様替えされるとのこと。ある地元民曰く、「政府は自分たちの都合のいいように歴史を捏造しようとしている。マケドニアの歴史の中で自分たちの気に入った部分だけ拡張し、例えばチトーのことを歴史から表面的に消そうとしている動きもある」とのことである。これらの建築物を見ると、素人目でもまったく一貫性がないことに簡単に気付く。ただ雑然と新しいものを乱立させたようで、総じてバランスが悪いのである。街を醜悪にしている気もあるこれらの建築物にはもちろん莫大な費用がかかっており、果たしてマケドニアはそんなことをしている余裕はあるのかと心配になる。ちなみにあるショップで働いていた友人の月収は250ユーロ(約25,000円)とのことだった。とてもアパートを借りて一人暮らしができる収入ではないので、若者が結婚まで親元で暮らすのはマケドニアでは至って普通のことらしい。

この噴水も奥の建築物もここ1年で出来たらしい。

これも出来立ての凱旋門

かなり奇抜なデザインのマザー・テレサ記念館。マザー・テレサはスコピエの出身らしい。

マケドニアの失業率を今検索してみたが、2010年の統計で32%とかなり高く、「世界一失業率が高い」という文句も見られた。これにはさすがに驚いたが、確かに平日から仕事をする様子もなくフラフラしている若者も多く見たし、そもそもその数に含まれているかが疑問であるが、ジプシーがかなりたくさんいる。どこまでがジョークなのかたまに戸惑うくらいマケドニア人はきつめのジョークを飛ばすが、ジプシーに関するジョークもかなり強烈なものが多かった。ちなみにジプシーとはヨーロッパに多くいる、移動しながら生活をしている少数民族である。元々はインドからやってきたと聞いたが、ギリシャにも多くいた。
ある日、街を南北に分かつヴァルダル川沿いで、ジプシー・マーケットがやってるからと連れて行ってもらった。毎週火・金の午前中にやっているらしいが、ジプシーたちがどこからか集めてきた鉄くずや様々な種類の道具、タイヤ、服、本、日用雑貨などを道に並べて売っているのである。すべてがジプシーというわけではないが、正にそこはガラクタ市。こんなもの誰が使うのだといった用途のわからぬボロボロの部品から薄汚れた服や靴、壊れかけの携帯電話や電化製品、果ては怪しげなアダルトDVDまで売っていた。街ではジプシーたちがゴミ箱を漁っているのをよく見かける。彼らの生活の術というわけである。

また無職の若者について、例えばイヴァンの昔のバンドのメンバーは親も仕事がなく、トイレットペーパーを買う金もないような貧しい暮らしをしているとも言っていた。同じような音楽を聴いて同じようなバンドをやっている人間がそこまで切羽詰った暮らしをしていると知ると、何とも複雑な思いに駆られる。その国にはもちろんその国の事情があり、どの国で生まれ育つかということは本人には選択の余地がないが、例えばその彼などはミュージシャンとしても物凄く卓越したものを持っており、国や生活環境のせいでその彼から生まれるはずだった音楽が生まれてこないというのは何とも不幸なことであると感じてしまう。私の悪い癖である勝手な虚妄から来る憐憫かもしれず、そんなことは「金持ちの日本人」になど言われたくないと言われても反論の余地はないのだが。

そもそも「旅行」とは、概して金持ちが現地の言葉も分からないまま貧困国に行って気侭に楽しむという、エドワード・サイードが言うところの、ある種のオリエンタリズムを土壌にしている部分もある。それが加害的な何かを潜めており絶対的に悪いことなのか、それとも外貨の獲得および外的刺激となってその国の発展に貢献するのか、日々様々な旅行者を見るのと同時に多くの地元の友人やその友人と話をしていると時々わからなくなる。まあ時には触れてはいけない部分に触れることもあるが、極東の夢の国から突如現れた男を快く受け入れてくれる各地の「同胞」たちの現状を知り、理解とはいかなくても思いを馳せることくらいはできよう。まずは知ることである。

ヴォドノ山からスコピエを見張る巨大な十字架。夜は不気味に光る。

05. August 2012 by sats
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