「恐怖に打ち勝つには、ユーモアが必要だ」とダニス・タノヴィッチは言った

ベオグラードで有名な(?)観光ポイントとなっている、NATOの空爆跡。

コソボ紛争にNATOが介入し1999年にベオグラードを空爆したわけで、爆撃を受けた建物は今もそのままの状態で街中にある。

さて、1999年当時、空爆を受けてのベオグラード市民の反応が非常に興味深い。以下の動画はこちらの友人に教えてもらったものだ。
(3つ目はこちらのドキュメンタリ)。


歌手が反NATOの歌を歌い、連日集会、コンサートを開き、市民はターゲットマーク(的の絵)を体に貼り付け、「NATOよここに撃って来い」と言わんばかりの挑発的な行動でNATOを非難した。映像に見られるプラカードもかなりのブラックユーモアで、当時のアメリカ大統領クリントンの不倫をバカにしたり、「ステルス爆撃機が見えちゃってごめんね」、「まだ私たちは歌を歌ってるよ!」、「NATOはナチだ!」、「コロンブスよ、何であんたはアメリカなんか見つけたんだよ馬鹿野郎」などなど、過激だが一捻りしてあるものが多い。

1999年当時、私は高校三年。特段コソボ紛争を気にかけていた記憶はないが、当時よく一緒にいた中村という友人が高校を辞めて一人旧ユーゴスラビア周辺を旅していたため、彼の安否を気にした覚えはある。その後ろには、「ああ、コソボの人たちは可哀想だな」程度の「一般的な」認識しかなかったように思う。NATO軍が誤爆を繰り返しセルビアの民間人が犠牲になった、という記憶はあるが、どちらかと言えばユーゴ/セルビア人は「悪者」の扱いだっただろう、それは日本のメディアの報道のせいだったのだろうが。セルビア人にとってはNATOこそが「悪者」であり、圧倒的武力によって捻じ伏せる強者の論理がそこにはあったわけである。

旧ユーゴスラビアというのはよく言われていたように、7つの国境(イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、アルバニア)、6つの共和国(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア)、5つの民族(スロヴェニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、マケドニア)、4つの言語(スロヴェニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語)、3つの宗教(ローマ・カトリック、オーソドックス(東方正教)、イスラム教)、2つの文字(ラテン文字、キリル文字)といった、複雑極まる状況の中で1つの国家を形成していた。それをそのカリスマ性で仕切っていたのがチトーであるが、チトー没後、抑えられていた民族主義感情が台頭し始め、各共和国で内戦が勃発、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボでは民族浄化を含む血塗れの惨劇が繰り広げられた。

ボスニア紛争について、昔観た『ノー・マンズ・ランド』という映画で、監督のダニス・タノヴィッチがこんなことを言っていたと私のメモにあった(出典不明)。

「恐怖に打ち勝つには、ユーモアが必要だ。怒りは何の解決にもならない。理性を持ち、冷静に客観視することが大切だ」

1999年のセルビア人のそれは明らかなユーモアも含む。(ブラック)ユーモアは、困難な時代を生き抜くための処方箋なのかもしれない。新しいビル群の中に異様な雰囲気を残しながら聳える空爆跡。これもセルビア流ユーモアの一つのように思える、お前ら自分のやったことを忘れるなよ、と。

余談だが、上記Youtubeの映像を見ると、関連ビデオの欄に、こちらの伝統的な豚の丸焼きの作り方が出てくる。さて、何を意味するかはご自分でご判断を・・・。

08. August 2012 by sats
Categories: serbia, war | Tags: , , , , , , , | Leave a comment

Leave a Reply

Required fields are marked *