本の感想文 2016-1

本を読み終わったあとに、映画を見終わったあとに、メモ程度のものはつけているのだが、最近は1週間も経てばその内容をすっかり忘れてしまっていることが多い。思いだそうとしても、断片的なシーンや文句はよみがえってくるが、その本が一体何だったのかをまとめようとすると、頭のどこかで記憶が渋滞しているような感覚で、実にもどかしい思いをする。これは年をとったからなのか(といってもまだ30半ばです)、インターネットのやりすぎによる健忘症なのか(最近ニュースになっていた気がするが、ググった内容の何10パーセントかはすぐに忘れてしまっているらしい ←といったネット上のニュースの細かい内容をすでに覚えていない)、まあもともとの記憶力が悪いせいというのもあるか(人の名前、登場人物の名前を覚えられない)。ただこうやってダラダラとどうでもいい文章を書くことは好きなので、どうせならそのときに何を思ったかを残しておけば多少は頭に残るかと思い、今は時間もあるので、感想文のようなものをここに書いておこうと思う。書評、ブックレビューというような高尚なものでもなく、私がそれを読んで勝手に思ったことの備忘録程度のものです。ネタバレは多少あり。あと普通に書いてもつまらんので、自分が聞いてる/やってる音楽にできるだけ絡めよう。そしてこうすればもうちょっとマメにこのブログを更新するかもしれんしね。


とりあえず最近読んだ分。

  • 朗読者 /ベルンハルト・シュリンク 松永美穂訳 (新潮クレストブックス)
  • 昔ブックオフで100円で買ってそのままだった。おまけにケイト・ウィンスレットが出てる『愛を読む人』がこれの映画化だとも知らず、いやはやちゃんと情報を追いかけていないとこうなります。
    ドイツの映画には、全然話のスジと関係がないにもかかわらず、過去のナチズムの話をなかば無理矢理挿入してくるものが多いらしく(相方ak談)、そこは「なかったこと」にしようとすらしているわがニッポンとはえらく違っている。この小説はそれを話の根本に置いたうえで、純朴少年の筆おろしの相手はかつてSSにいた、という衝撃的な話なのだが、例えば太平洋戦争中に、国防婦人会で気張っていた戦争未亡人と、東京大空襲の災禍をくぐりぬけた少年がチョメチョメ、というのに置き換えることは、その後に裁かれたか裁かれていないか(しかも自らの国によって)が真逆なので、おそらくこの話のようにはいくまい。ニッポンの場合は単なる不敬なレンアイ物で終わってしまいそうだ。それはそれで面白そうだが(日の丸とエロは、鈴木則文の『温泉スッポン芸者』で扱われていた気がするな、あの名和宏の竿師段平!)。去年公開した『この国の空』は、ちょっと違うが戦時中の青春と性ということで、どこか似ているか。戦時中と戦後はまたぜんぜん違うか。長谷川博己が中国帰りの退役軍人とかだったら設定はかみあうのか…。

    Upright Citizensのこの歌の歌詞をネットで探してみたけど見当たらず。この「Swastika」は、自分たちの先人の責任を認めたうえで使ってるのか、ドイツのバンドということはとりあえず棚に上げて、よくあるアンチファソングのように、ただ「ナチはくたばれ」なのか、気になるところ。誰か知ってたら教えてください。

  • 明治維新という過ち -日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト- 改訂増補版/ 原田伊織 (毎日ワンズ)
  • これすごい売れてるのね。去年の暮れ発行分で18刷。確かに目から鱗で、おもしろい。
    (そんなに信用していないという前置きを置いた上で)内田樹がどこかで言っていたと思うが、今の安倍政権は「賊軍」薩長の延長線上にあり、会津の恨みは今の世にも脈々と受け継がれており、現代社会を見るのにも、この図式は通用するのだそうだ。この本の帯にも「いまも続く長州薩摩社会」と書いてある。なるほどね。
    いかに長州、そして薩摩がテロリストだったか、わたしたちが教えられた「歴史教育」というのは、「勝てば官軍」の薩長官軍教育だった、というようなことは、この本を読んだら書いてあるので割愛するがひとつ抜粋すると、「(会津戦争)終戦直後、西軍の兵は戦死した(会津)藩士の衣服を剥ぎ取り、男根を切り取ってそれを死体の口に咥えさせて興じたという。更には、少年たちの睾丸を抜くということもやった。(中略)しかし、彼らは日本の近代を切り開いたとされている「官軍」の兵なのだ。(P.264)」とある。統制のきかなくなった長州奇兵隊による強盗強姦殺戮もある(ISISやウスタシャ、チェトニク、そして帝国陸軍の暴虐を思い起こす)。なかば怨み節的に、武士道や江戸時代を惜しみながら勢いで書く著者が言う、あのまま徳川が続いていたら、日本は欧米追従、帝国のまねをせずに身の程を知り、今やスイスのような中立国になっていたのではないか、という主張が、「歴史ににifはない」としても、とてもやるせない気にさせてくれる。明治維新がなければ太平洋戦争もなく、中国で何千万人も殺すこともなく、沖縄戦もなく原爆も落ちていなかったのだろうか。最近フィリップ・K・ディックの『高い城の男』がドラマになったらしいが(amazonが作ってるのね)、せめてあんな感じで、歴史改変モノの20世紀徳川を見てみたい気もする。
    ちなみにえらく話が飛ぶが、ハードコアのバンドで、佐幕側に思いをはせて活動をしているバンドがいるんじゃないか、というようなことを前にある友人が言っていたが、果たしているのだろうか。ナショナリズムとは別のところで、いるのかな。

  • 殊能将之 未発表短篇集 / 殊能将之 (講談社)
  • 殊能センセーの未発表作品がまだ読めるとは…。「読書日記」のときもそうだったけど、最初にインフォを見た時に感涙しました。装丁も綺麗、函入りで愛があります。
    この3篇の中では「精霊もどし」が一番のお気に入り。友人の妻の幽霊と不倫している(と思われている)なんていうシチュエーションが、予定調和で終わらせないセンセーの後の諸作の萌芽を見ているよう。「ハサミ男の秘密の日記」も、メフィストに載ったときに立ち読みしたきりだったが、このやりとりから「memo」上でのセンセーの日常が浮き出てくるようで、読んでいて懐かしかったね。まあ「memo」からセンセーのファンになったような人間には、センセーの何を読んでもmemoにつながっちゃうわけだが。

  • 素敵なダイナマイトスキャンダル / 末井昭 (ちくま文庫)
  • 実母のダイナマイト心中から、池袋でのキャバレーの看板描き、その後エロ本編集者になったという伝説の人物の単著。著者は衒いがまったくない人なので、読んですがすがしい気分。解説で花村萬月は著者を指して「枯淡」という表現をしているが、的確なことば選びだと思う。きっと枯淡な人物なんていうのは、なろうと努力してなれるものでもないので、自然体がそうであることでしか生まれえないのだろう。本中ではアラーキーの原稿を取りに、都電で三ノ輪まで向かう描写が好きだね。あとはHAND-JOEの人たちの面白さと。

    「あやふやなものはあやふやのままでいい、もう面倒だからそう結論してしまう。あやふやのまま死んでゆけるのなら、まァそれでもいいのだ。どうせ人生なんてすぐ終わってしまうのだから。
    でも、とりあえずは面白い方がいい。(中略)面白くするのは簡単なのだ。僕は、その簡単な面白いことを一生続けてゆければ、気持ちよく死んでゆけるのではないかと思っている。」(P.218)

  • 狂風世界 / J.G.バラード 宇野利泰訳 (創元推理文庫)
  • バラードの積ん読がまだけっこうあるので、徐々に消化しようと思っての長編処女作。毎日5マイルずつ風が強くなって、しまいには時速500マイルまでになってしまった世界の話。
    ハードゥーン(綴りは’Hardoon’なのね、なんかかっこいい)のピラミッド建設のあたりは、イギリスの階級社会、つまり後の『ハイ-ライズ』が垣間見える気もするが、あとは凡庸なアクションシーンが多め。その中では個人的には、主人公メイトランドの妻が、狂風でこわれゆくロンドンを見たいからと、避難もせずに住居に残ってそれを見つめているシーンが好きだなあ。
    原文確認していないが、よく出てくる掩蔽壕って’bunker’のことかな。J.G.バラードはパンクスやドゥームメタル、スラッジ系に好きな人が多いというのは私の勝手な推測だが(まあこのどうしようもない世界や人間を否定、批判したり、黙示録後の世界、崩壊した世界をテーマに音で表現していたら、自然とバラードに行き着くのも当然といえば当然か)、Locrianというアメリカのドローン/ノイズロックバンドは、その名もずばり”The Crystal World”なんてアルバムを出していたし、マイメンIron Lungのジョンも大好き。家にはバラードのペーパーバックがたくさんあった。『クラッシュ』とか後期のテクノロジー系作品が好きだというのも、Iron Lungの音を聞いているとなんとなく想像できる。にわかにわかSFファンの私は、たまに彼らに面白い本を教えてもらうのです。

    「概していえば、およそ人間なる動物は、野鳥や獣類にくらべて、思いつきの豊かさ、適応性、先見の明、すべてみな劣っている。二義的な欲望をみたすためのメカニズムが、根本的な生存本能を鈍らせ、曇らせ、自己の身を守ることさえ不能にさせているのである。サイミングトンがほのめかしたように、人類は生き残る権利を過信する根強い楽天主義の救いがたい犠牲者なのである。自然の秩序がかれらを優先させ、かれら自身の愚行がないかぎり、あらゆる危険から守ってくれると信じて疑わない、いうなれば、みずからの優先性に、きわめて僭越な臆断をくだしているのである。」(P.163)

  • 世界の辺境とハードボイルド室町時代 /高野秀行、清水克行 (集英社インターナショナル)
  • 江戸初期の戦国時代ノスタルジアヒップスター無頼漢・かぶき者の話とか、内藤正典も『イスラム戦争』という本で言っていた、タリバン=任侠の話とかは目が開く感じでおもしろい。この本を読むと、日本はやっぱり特殊で、それは鎖国からだったりもっと昔からの村社会からだったり(ケガレのせいで、中古車が安くなるとか(だからアフリカの中古車は日本から輸入されてる)、食器が決まってるとか)、常に中国を意識してきたけど、地理的に遠くにあるので中国からの干渉もなく、割と自由にできちゃったとか。私の凡庸な感想のせいでつまらなさそうな本に見えるかもしれないが、室町時代とソマリランドだけの話ではぜんぜんないのでいろいろ刺激的な本です。次は『謎の独立国家ソマリランド』を読んでみよう。

  • 反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体 /森本あんり (新潮選書)
  • これまた内田樹の名前を挙げないといけなくなってしまって何とも恐縮です。内田樹関連の「反知性主義」を取り扱った本を以前に2冊読んだが、どうもしっくりこない。それが何を意味するのか結局よくわからないなあと思っていたときに、山形浩生がこんなことを書いていて、ただホフスタッターは学者でもないと読むのが大変そうだから、とりあえずこれを読んでみようということで(この姿勢が内田樹的「反知性主義」なのかね)。この本に書いてある「反知性主義」は、「知性が権威と結びつくことに対する反発であり、何事も自分自身で判断し直すことを求める態度」(P.177)ということらしい。知性が権力化してしまった時に、ふざけんじゃねえと自分の頭で考えることだそうだ。イギリスからやってきた学者だけがキリスト教の伝道師になれるなんてふざけんな、たたき上げでも学歴がなくても、神は平等に助けてくれるんだ、知的特権階級ふざけんな、というわけである。えらくポジティブだ。それってひるがえって、政治なんて知ったことか、我々は自分たちで生きていくんだ、というパンクスの理想の姿なんじゃないかとも思えてくる(この辺は去年元Sleepのジャスティン・マーラーをインタビューしたときの記事に言及があるので、よかったら読んでみてください)。そもそも集団を頼らない(頼れない?)、個人が表に出るアメリカ社会は、反権力に相性がいいようにも思えるが、それが元々はアメリカ的に発展、変容したキリスト教に端を発しているというのもおもしろい話だ。
    ただ冒頭の内田流解釈でいくと、「私は自分の頭で考えてるし、流行りに乗って趨勢に乗って安倍政権に反対しているわけじゃないから、私は反知性主義者だ!」とか言ったら、どうやら「私はバカです」と言っていることになってしまうらしい。同じ字面でこうまで意味が乖離してしまうと、なるほど簡単に使おうという気はなくなる。

その他短篇やら何やらは全部読み切ったときに書こう。今読んでておもしろいのは、マルセル・シュオブ「黄金仮面の王」(全集は未だ手が出ず…)、この前アメリカで買ってきたジョン・ウォーターズの「Carsick」とブライアン・エヴンソンの「Windeye」。はやいとこ感想を書けるようにしたいが、1日数ページしか進みません…。また次回。

04. March 2016 by sats
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