2018年 映画ベスト

さて、2019年もロクな年にはならないと思いますが、よろしくお願いします。

2018年は仕事もそんなに(し)なかったので、結構映画も見れたが、行ったのは特集上映や名画座ばかりだったようで、いわゆる新作映画というのはそんなに見ておらず、劇場で見た53本のうち、24本。秋に岩波ホールでやってた「グルジア映画祭」は結構通ったし、年末のイメージフォーラムでのアラン・ロブ=グリエ特集も見たかったものは(1つだけ残ってるが)見れた。
以下順不同で、また例年通り記しておきます。

  • スリー・ビルボード(2017年 アメリカ、イギリス/マーティン・マクドナー)
    体感的には2年くらい前に見た気がするが、これまだ2018年だったのね。フラナリー・オコナーも映画内で言及されていたらしいが(気づかなかった)、アメリカ南部(舞台はミズーリだったが)のある種の田舎ホラーとしても見れた。別に怪物が出てくるわけでもないが、人の善悪に白黒つけたがる時代の潮流に、こういった方法で抗するというのはよくできた映画なんじゃないかと。火炎瓶を警察署に投擲するフランシス・マクドーマンドには慄えた。
  • ハッピーエンド(2017年 フランス、ドイツ、オーストリア/ミヒャエル・ハネケ)
    ハネケの映画の中でも、『コード・アンノウン』、『隠された記憶』の系譜にあるような、現代フランスの「格差」、人種間の無関心を、スマホを効果的に使ってえぐったような映画。こう見ると、フランスってやっぱり「いい国」じゃないよなあ(いい国なんてどこにあるのか知らんが)。
  • タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜(2017年 韓国/チャン・フン)
    ソン・ガンホとユ・ヘジンが出てたらそれはもう間違いがないわけだが、数ある光州事件を映画化したものの中でも、それをある種「外」から描き、なおかつコミカルに、「トラック野郎」ばりのフレンドシップに支えられたカーチェイスも交えて、スピードのある映画とでも言うか。ただ事件の概要を知りたければ、2007年の『光州5・18』(キム・ジフン)を見たほうがいいかも。あとその後の民主化抗争を描いた『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン)もよかった。これもユ・ヘジン出てたな。韓国の社会一般が健全に機能してるとは、韓国の友人から聞くことあまりはないが、それでもこういう自国の歴史の「負」の側面を、自分たちで映画にできるというのは、少なくとも文化的にはとても健全だと思う。
  • カンボジアの失われたロックンロール(2014年 アメリカ、カンボジア、フランス/ジョン・ピロジー)
    東京国際映画祭で見た映画だが、実は上映の1ヶ月くらい前に、「東京のジェントリフィケーションについて教えてほしい」と監督からメールをいただき(通訳のHさんがこのブログを見つけて監督に教えた、というのが真相だった)、会うついでに見たのだったが、これこそ労作とでも言うべき、緻密な取材と流れるような編集により、50年代から開花したカンボジアの大衆ロックを追いかけ、その一連の「出来事」をスクリーンに蘇らせていく。歴史上の必然とでも言うべきか、ベトナム戦争とクメールルージュによってそれは破壊されてしまうのだが、原題の“Don’t think I’ve forgotten”(忘れたと思わないで)という言葉どおり、それらの音楽はその戦禍の中でも、地下に潜って、ほとんど口承のようにして生き伸び続けた、というわけだ。結局買えなかったけど、サントラの2枚組LPほしい。
  • 快楽の漸進的横滑り (1974年 フランス/アラン・ロブ=グリエ)
    2016年のカナザワ映画祭で『エデン、その後』を何となく見てしまい、白昼夢のような感覚を味わった(実際に上映中に寝てしまったからかもしれないが)記憶はその後も結構引きずっていて、他のアラン・ロブ=グリエの映画も見たいなと思っていたわけだが、今回の特集でようやく見れた。他の何本か(特に白黒の)は相変わらずウトウトしてしまったが、どの映画も基本的にやってることは似通ってる気もする中、これはその後のフランスの、イザベル・アジャーニ→ソフィー・マルソーにつながる流れの源流のような、アニセー・アルヴィナの悪魔的な魅力に惹かれて寝る暇なし。自壊していくようにも思えるアルヴィナのわけのわからなさに横滑りさせられてるのは、登場するバカな男たちだ。また、ケン・ラッセル『肉体の悪魔』、鈴木則文『聖獣学園』にも勝る、アンチクライスト尼さん映画でもあるような。

日本映画が1本も入っていない! そもそもほとんど見ていないからだが、『霊的ボリシェヴィキ』はクラウドファンディングのお返しでチケットが2枚来たので2回行ったが、あと2回くらい見ないと正直判断がつかない。ボルの形を借りた百物語みたいなストーリーやあの廃工場の「禍々しさ」は、何かイヤなもの見てるなあとゾクゾクしたが、ちょうどFatumのインタビューにも出てきたドゥーギンの使い方は、あれはどうなんだろうかと立ち止まって考えてしまう。『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、末井昭の書く文章も彼の人生もわりと好きだが、それが映画になったからといってなんてことはなかった、という…。
旧作だと東映の『夜明けの旗 松本治一郎伝』(1976年、山下耕作)が見れたのはよかった。これとか、去年の『従軍慰安婦』みたいな映画をちゃんとDVDで出して、日帝とは、天皇とは、と、ちゃんと考えるためのひとつの材料にすることって、特に今年はかなり重要になるんじゃないのだろうか。

その他、『フロリダ・プロジェクト』と『ビューティフル・デイ』、『クレイジー・リッチ』は思いっ切り見逃した。『レディーバード』はちょうどアメリカにいたときに見たので、日本語字幕でもう1回見たら細かい部分の感想が変わるのかも。ファスビンダー『第三世代』は、確固たる思想なきニヒリスティックな極左テロリストを茶化している部分もあるんだろうが、もっとバックグラウンドを知ってから見るべき映画だったんだろう。あとようやく『ルート181』が見れたのはよかった、パレスチナに行く前に見ておくべき映画だったが。他にはアンドレイ・ズビャギンツェフの『ラブレス』は、飛行機内で見たので上記には入れなかったが、ロシアでももう人々は「消費」にしか興味がなくなって…、ということも、先述のFatumのインタビューで触れられてたな。
先に触れたグルジア映画祭は、グルジア(今はジョージアと言うべきなのか)は今でも死ぬまでに行ってみたい国のひとつだが、正教と因習によるものなのだろうが、どの映画も本当に女性に対する仕打ち/女性への「扱い」がひどいのが印象的だった。ダヴィト・ジャネリゼ『少女デドゥナ』でも、「女にとって夫の名声は何にも勝る」ということが祖母から語られる。同監督の2004年のドキュメンタリー『メイダン 世界のへそ』を見る限り、宗教や人種間の不和はなさそうな感じだったが、女性のことについてはよくわからず。ジェンダーギャップなど、今はどうなのだろうかと。
字幕ないけど、『少女デドゥナ』

さて、映画館に行くよりも家で映画を見ることのほうが多いし、Netflixを見始めてからはアメリカのドラマなんかにも手を出してしまったので、劇場以外で見たもので面白かったものもいくつか書いておこうと。
とりあえず今一番おもしろいドラマは、去年も書いたがNetflixの「グッド・プレイス」。シーズン3が始まったらジャネット(ダーシー・カーデン)がさらに大活躍で、あの女優さんすげえなあと。マーヤ・ルドルフも出てきたし。あとは、元々FOXが作って新しいシーズンはNetflixが引き継ぐことになったらしい「ルシファー」も、別に特筆すべきものがあるというわけでもないけどずっと見ている。そういやどっちも地獄と天国の話だな、描き方はまったく違うけど。ここ数年のアメリカの終末感から来てるんだろうか。「ルシファー」の主演のローレン・ジャーマンは、クリスピン・グローヴァーの“It Is Fine, Everything Is Fine”にも出てた女優で、『ホステル2』を見て以来のファンなのです。ジャームスの映画『狂気の秘密』(2007年)にもベリンダ・カーライル役で少しだけ出てる(あの映画は取るに足らない映画だと思うし、そのあとジャームスがダービー・クラッシュを演じた俳優をボーカルにして再結成したのもどうかと思うが)。
他に、「American Vandal」というモキュメンタリー・プログラムも、チンコやウンコという低俗な仮面をつけつつ、カメラを回したらもう加害者、という、森達也が言ってたようなドキュメンタリーの加害性や、SNS依存社会を批判してて面白い。他にも面白そうなのがいろいろあるんだが、これ全部見ようと思ったら仕事なんかしてる暇ないよな。Netflix全部見させろ!とでも言いたい。
そういえばNetflix製作の新作映画がNetflix上で公開されるようになったので、それらはだいたい劇場でもかからないし、もう劇場で見た映画だけで、「ベスト」とか言うのも時代錯誤になってくるのだろうかとも思える。その中のひとつ、『アナイアレイション』は、タルコフスキーの『ストーカー』+J.G.バラード『結晶世界』に『ラピュタ』でも足したような世界観で、特に音楽はこの監督の前作『エクス・マキナ』に引き続き、Portisheadのジェフ・バーロウとベン・ソールズベリーのコンビで、相変わらず素晴らしいスコアだった。

あと今年もカナザワ映画祭の字幕をいくつかやったが(いや、結構やったな)、その中でいい映画だなと思ったのは、「UMA怪談大会」でかかった『サスクワッチ 獣人伝説』(1976年)。幻の生物サスクワッチを追う探検隊のモキュメンタリーみたいな映画だが、アメリカ北西部、いわゆるカスカディアの自然がとにかく美しくて、それだけで見る価値があった。こりゃ独立したくもなるよなあと一瞬思ったが、現在カスカディアの独立に関わってるのは、エコロジスト、オレゴン的リベラル・ヒップスター(地ビールとか作ってる人たちとか?)、そしてそれを利用しようとする白人至上主義者の三つ巴らしく、元々白人の多い地域だし、トランプ以降はいろいろきな臭いんだろうなと。カスカディアン・ブラックメタルなんてのも一時期よく耳にしたが、それらはELFまでは行かなくとも(そのへんと絡んでたバンドもいたが…)、おそらくエコロジスト的な感覚なんだと思うが、このへんの独立運動に関わってるんかね。
話が飛んだ。あとは「世界陰謀論大会」でかかったジョセフ・ロージーの『ザ・ダムド』(1963年)は、いわゆる冷戦下の世界滅亡の恐怖モノだが、バイカーパンクスみたいな不良グループがずっと歌ってる「♪Black leather black leather kill kill kill…」という歌は、今もたまに口ずさむくらいかっこいい。そういえば去年はアンスティチュ・フランセで、ジョセフ・ロージーの『鱒』(1982年)も見たが、Axegrinderの新譜『Satori』の「アプロプリエーション」は、ベイビーメタル聞いて辿り着いたのでもなく、フラワー・トラベリン・バンドでもなく、この映画でも見たんじゃないかと勘ぐりたくもなるような変な映画だった。オリエンタル・ジャパン。

さて今年はもう少し仕事しないと死にかねないので(出版の方も始まるし)、もう最新映画を追いかけるのもやめようか。

03. 1月 2019 by sats
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