20170205 | 焔と煙霧

20170205

今月から相方akが国に帰ってしまったので、またさみしい一人暮らしが始まったのだが(過去にも何度かあったのだが)、一人になると時間が増える、と言ったらakに失礼だが、生活する上でいつも一緒にいる人、頼る人がいなくなるので、おしゃべりや遊ぶ相手を一時的に失った上に、いやがおうにも全部自分でやらないといけないから、自分でコントロールする時間が増える、というだけのことなのだろう。まあいつもダラダラしている身としては、たまにこういう機会があるのもいいのかもしれんけど。

さて、そんなakはアメリカ国籍なのだが、今回の帰国時には入管で別室送りになったそうだ。なんでも名前が「移民ぽいから」という理由だけで。まあ「白人だから入管はノープロブレム」という考え方は、よく言う”privilege”、つまり既にそれ自体がトランプ的というか、エスノセントリズムの陥穽に真っ逆さま状態なのだが、今回の大統領令により入国を制限されている国以外からであっても、今後はアメリカ入国時にはSNSを開示しないといけないとか、いろんな情報が未確定のまま飛び交っている。今後バンドでアメリカ入ることなんて、少なくともトランプ時代の4年間はものすごくハードルが高いんじゃないのか? 普通に遊びに行くのすら大変そうだ。akについてってそのうちアメリカで生活しようかなと心のどこかで思ってた身としては、もうしばらくは様子見だ。それにこの4年の間に、アメリカ帝国は急激に「傾き」そうな気もする。何が起こるか不安でたまらない、というのは反トランプの人たち(もちろん一枚岩じゃないが)はもちろん、世界中の人が日夜思ってることなんだろう。確かに、ケリーアン・コンウェイ大統領顧問といういかにも怪しいおばさんが、「就任式の参加者数が史上最大だった」というショーン・スパイサー報道官の大ウソを擁護するかたちで放った、「Alternative-fact」(もう一つの事実?代替的事実?)という言葉は、え? 何言ってるの? としか反応しようがない。都合が悪くなったら今度からは「あ、あれは実はオルト・ファクトでさあ」とでも言うのがこのpost-truth的トランプ時代のニュースピークなのだろうか(ここにきて『1984』がベストセラー、ってのもある意味アメリカ的というか、核恐怖のためにシェルターをこしらえるのと似てるような)。

そんななか木曜日に見たMDC、ほんとよかったな。もう30何年も移民やマイノリティのこと、警察国家のことなんかを歌ってきて、まったくブレてない人の表現ってのは本当に心にひびく。それだけやってきているからなのかもしれないが、こういう現状にも悲観はしていないようなステージで、それを逆手に取って皮肉たっぷりに批判する、というのがアメリカのバンドだなあと。あんな61歳になりたいものです。

05. February 2017 by sats
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