EL ZINE vol.29 -SWARRRM インタビュー

EL ZINE vol.29は2月28日発売です。

今回は、2月16日に5枚目のアルバム『こわれはじめる』をリリースする、神戸のグラインドコア・バンド、SWARRRMにインタビューをしています。
今回、アルバム発売に合わせていろんな媒体にインタビューが載っていて、いくつか読みましたが、ああこの人はこういう視点で聞いているんだ、とか、SWARRRMはこういう風に解釈されているんだ、とインタビューさせてもらった側として、様々な発見が多かったんですが、それはSWARRRMというバンドがいい意味でとらえどころのない、常に新しいことをやっているバンドということの証左だということに尽きます。

SWARRRMとは、昔僕がやっていた無我というバンドでSplit CDのリリースがあったりと、いろいろお世話になっていましたが、今回はギターのKapoさんから声をかけてもらい、EL ZINEでもインタビューを掲載してもらうことになりました。せっかくの機会ということで、他の媒体ではあまり触れられていない部分についても話をしてもらえたので、ぜひ買って読んでもらえればと思います。
インタビューのリードにも書きましたが、今回の新アルバムはまたひとつSWARRRMの「新しさ」を更新するものになっていて、グラインドコアを超えて、最近であればZAYやassembrageから、最近のポスト・パンク/デスロックのリバイバルに興味のある人も聞けるような内容だと、個人的には思います。


EL ZINE / VOL.29
29

A4/表紙カラー・本文モノクロ/表紙含め全50ページ

●Nika
(東欧ポーランドを代表する女性ヴォーカル・ハードコア・バンド、POST REGIMENTのヴォーカリストにして、その解散後は、DEZERTERやMOSKWA等のメンバーが指揮したフォーク・パンク・バンドR.U.T.A.へのゲスト参加、現在ではPOCHWALONEとMORUSという2バンドで活動しているNikaことDominika Domczykへのインタヴュー)

●UNA BESTIA INCONTROLABLE
(ex.DESTINO FINALやex.GLAM、ex.CROSTA等々のメンバーを擁し、4月~5月に来日ツアーを予定しているスペインはバルセロナのハードコア・バンド、UNA BESTIA INCONTROLABLEへのインタヴューby Shogo氏/ALTERNATIVE SOLUTION)

●HARAM
(アラビア語で歌うNYCのハードコア・パンク・バンド、HARAMのヴォーカリストであるNaderへのインタヴュー)

●Per Thunell
(スウェーデンのグラインド・コア・バンドFILTHY CHRISTIANS、そしてFILTHY CHRISTIANSとMOB 47メンバーによるハードコア・プロジェクトPROTES BENGT、更にはスラッシュ・ハードコア・バンドBRUCE BANNER、そして3月~4月に来日ツアーを予定しているSEX DWARFのヴォーカリストでもあるPerへのロング・インタヴュー)

●KONTON CRASHER
(アメリカ/クリーヴランドでD-Beatやロウ・パンク・バンドのリリースを手掛けているレーベル、KONTON CRASHERのオーナーであるGaki Nezumiへのインタヴュー)

●Umea Punk City
(ex.AC4~現ACID BLOODのKarlによる、スウェーデンUmeaの現地情報コラム)

●SWARRRM
(ニュー・アルバムを2月にリリースする神戸のグラインド・コア・バンド、SWARRRM へのインタヴューby鈴木智士氏)

●DISGUNDER
(東京のグラインド・コア・バンドDISGUNDERの女性ヴォーカリスト/アンナ氏へのインタヴューbyツトム氏/悲観レーベル)

●DEFORMATION QUADRIC
(昨秋にアルバムをリリースした大阪のノイズ・コア・バンド、DEFORMATION QUADRICへのインタヴュー)

●有刺鉄戦
(弱冠16歳、高校一年生による広島のハードコア・バンド、有刺鉄戦。そのベース・ヴォーカルalatapunk氏へのインタヴュー)

●D-CRASH
(中国は北京発のD-Beatパンク・バンド、D-CRASHのヴォーカリストであるYu Zi Yangへのインタヴュー)

●GHOSTMAKER
(ex.OXYMORON、ex.MAD
SINのメンバーらによるドイツ/ベルリンのオルタナティヴなパンク・バンド、GHOSTMAKERへのインタヴューby Mosh/Knock Out Records)

●LASHING SPEED DEMONS:EL ZINE的IGGY POP史
(IGGY POPのバイオグラフィー及び、IGGY POPがパンク/ハードコアに与えた影響についてby 大越よしはる氏)

●チャレンジ・インタヴュー
(ハチマンユウイチロウ氏[SOW THREAT])

●ES GIBT KEIN WERT
(発行人によるディスク紹介)

15. February 2018 by sats
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【書評】MDC: Memoir from a Damaged Civilization /Dave Dictor

EL ZINE vol.28 (2017年12月発売)に掲載してもらった、再来日間近、MDCのボーカル、デイヴ・ディクター氏の自伝本、”MDC: Memoir from a Damaged Civilization: Stories of Punk, Fear, and Redemption (Manic D Press)”の書評をここにも載せておきます。

今週木曜から始まる2回目の日本ツアーは、約10日間をかけて、西は広島まで色々な場所を回るみたいなので、より多くの人が、あの素晴らしいライブを見たらいいんではないかと思います。「年をとってもハードコア・パンクでいること」に対して答えを提示している、1つの素晴らしい現在進行形のバンドです!

ツアー日程等は下記フライヤーと、こちらのfacebookページに載っています。
MDC 2018 tour


・MDC: Memoir from a Damaged Civilization: Stories of Punk, Fear, and Redemption
/Dave Dictor (Manic D Press)

パンク友人たちや家族への愛と、実のともなった平等主義
「人と人との間に大きな差はないんだ」と叫び続けて38年。MDCがまたやってくる!

MDC Dave Dictor

MDC。Millions of Dead Cops。死んだポリ公がウン百万人。今更だが、何とパンクの宿命を背負ったバンド名なんだろう。Slayerと並んで、「アメリカで最も邪悪なバンド」と呼ばれたのもダテじゃない。

MDCの前身バンドにあたるThe Stains(最初期はReejexというバンド名)の結成が1979年なので、今年で結成38年。今年2月には初来日を果たし、年齢なんてまったく関係なし、誰がどう見ても現役バンドの熱量を持ってライブをやっていると感じさせる、とんでもないライブを見たのは記憶に新しいどころか、あんなに衝撃を受け感動したライブは、ここ数年でもMDCだけだ。
そのライブの物販で、本書、MDCの首謀者でありボーカルのデイヴ・ディクターの自伝が(氏のサイン入りで)売っていた。このハードコア・パンクのオリジネーターは、一体どんな人生を送った上で、齢60を越えてもあんな説得力のあるステージングができるんだろうか。

恐らく80年代当時から、MDCのレコードや“P.E.A.C.E.”コンピを手に取ったり、映像を見たりしてきた人なら知っていて当たり前の話なのかもしれないが、MDC=デイヴ・ディクターと言えば、DEAD KENNEDYSのジェロ・ビアフラ、MINOR THREATのイアン・マッケイと並んで、アメリカン・ハードコアにおける「政治的なバンド」の代表格。かろうじてデッケネやMINOR THREATは聞いていた10代の自分に、ダビングのダビングのタビング程度には映像が劣化した“Target Video”のビデオテープが回ってきて、CRUCIFIXの後に登場する、このちょっとぽっちゃりしたボーカルを擁するMDCは、速くて何かインパクトがあるバンドだなあ、なんて思ったりしたものだ。

本書はデイヴ・ディクターが自ら執筆した自伝だ。それは即ちアメリカのハードコア・パンクの胎動から現在にいたる道程を、デイヴの視点で追体験する旅となる。誰かの自伝や伝記を読むことは、『トータル・リコール』体験みたいなもんだ。

 パンクに出会う前の10代半ば、なぜ人間は肉を食べるのだろう、という疑問を持ったデイヴは、それをカトリックの母親・エヴェリンに話した。すると母はエピフォン製のギターを持ってきて、「そういう世の中への疑問を歌にしてみなさい」とデイヴを後押しする。他にも母に関するエピソードは多く、デイヴのパンクの基礎となったものは母の影響が大きいようだ。また、デイヴは自身をバイセクシャルと自認していると書いているが(それぞれの時代に付き合っていたパートナーの話もよく登場する)、そもそもデイヴ6歳の頃、カトリックスクールの先生(尼さん)に「男の子と女の子の差って何?」と聞いたら、その先生は「女の子はオチンチンが外に出てないだけで、あとは男女の差は特にないのよ」、と答えたという。その答えがしっくりきて、「性差」を特別に意識することがなくなったということだ。この経験が以降のデイヴの「平等主義」に影響していることは間違いない。

さて、79年のテキサス・オースティンでのバンド結成~サンフランシスコへ移住してからの、アメリカン・ハードコア黎明期におけるMDCの熱心な活動ぶりは改めて言及するまでもないが、デイヴが自身の記憶を振り返りながら書く細かいエピソード群は、まるで彼自身が撮影したドキュメンタリ映像を見ているようだ。もちろんあの有名なBAD BRAINSとのエピソードも語られる。1982年4月1日、大好きなBAD BRAINSがサンフランシスコにやってきて対バンし、そのまま彼らのツアーに加わることになりテキサスへ。ヒューストンでのライブの後、MDCの地元オースティンでのライブのリハで、地元のDICKSのGary FloydとBIG BOYSのRandy Biscuit(2人とも80年代のパンクシーンでは珍しいオープンリー・ゲイのパンクス)を見たBAD BRAINSのHRが、「こんなクソホモバンドとやりたくない」と言い出し、他にも「女性はツアーなんかに来ずに、家にいるべき」など、彼の宗教観から来るミソジニーを臆面もなく語りだす始末で、そのライブの翌日についに決裂。それ以来MDCはBAD BRAINSとライブをやることもなく、デイヴはHRと言葉を交わしたこともないらしい。この出来事がMDCの“Pay to Come Along”という曲に結実しているのはご存知の通り。たとえ好きだったバンドだったとしても、それが「身内」であろうとも、その考え方が自分のものとは相容れないならば、その間違った部分を批判するのが彼のハードコア・パンクなのだ。デイヴに「なれあい」は通じない。

その後1982年、DEAD KENNEDYSに頼んで連れてってもらった初のヨーロッパツアーでは、ヘッドライナーのデッケネの40%しか音量を出してもらえないことに、「パンクは(音量も)平等であるべき」と文句を言い、イギリスのレスターでのライブでは右翼スキンヘッズにボコボコにされて入院(リアル版『グリーンルーム』だ)、まだ東ドイツの中にあったベルリンでもライブをやり、翌1983年は青年国際党のイッピーたちと一緒に、全米で反レーガン政権のデモやライブが渾然一体となって行われた“Rock Against Reagan”ツアーに始終した一年で、同党のマリファナ推進ポリシーで、何千人と集まる会場ではジョイントがふるまわれ、ニューヨークではトラックの荷台で移動ライブ、ワシントンDCではリンカーン記念堂の前に1万人が集まるなど、「時代」を感じるエピソードがこれでもかと語られる。ちなみに10月23日のサンフランシスコ、この年最後のRARのライブでの司会者が、当時まだブレイクする前のウーピー・ゴールドバーグとボブキャット・ゴールドスウェイト(!)という超楽しそうなライブに、1万人集まった(ラインナップはデッケネ、MDC、Contractions)というのも忘れがたい小話で、一体どんな雰囲気だったんだろうと妄想は膨らむ。
RAR flyer1
オランダの企画者による83年末から84年2月にかけての2回目のヨーロッパツアーでは、オランダの前にイギリスでCRASSに企画してもらっていたら、入管でついにそのバンド名が仇となり入国拒否。これについてはANTISECTのメンバーもあるインタビューで、「CRUCIFIX、DIRTとツアーしてたときに、MDCと対バンする予定だったんだけど、彼らは入国できなかった」と言っていたのを思い出す。この時MDCはイギリスには行けなかったのだが、この時代のヨーロッパは、イタリアから広まりだしたスクワット文化が花開いた時期で、MDCの政治的スタンスもそれと合致したおかげで、ライブは各地好評だったらしい。

とまあこういったMDCの活動の歴史が当時の状況と合わせて語られるわけだが、Maximum Rocknrollの創始者ティム・ヨハナンが、MRRのラジオで彼らのレコードをかけたことが全米に広まるきっかけとなったバンドは、そのMRR的な左翼スタンスに合致するバンドとして認知され、逆に白人至上主義と結びついたスキンズからは目の敵にされ、地元だけでなくツアー中にも、そういったスキンズとケンカになったり襲撃された話も絶えず登場する。そこでもデイヴは、時には格闘して負傷し、また別の時にはそういったスキンズを諭しながら、自らのスタンスを変えることはもちろんない。特に彼のセクシズム、ホモフォビアへの攻撃に対抗する姿勢は一貫しており、「人間に大きな差はない。だからそういったヘイトをなくしたい」ということを本書の中でも繰り返し書いている。
たとえば初期のアメリカン・ハードコアのシーンは、先述のHRの発言にあるように、「女性をライブに連れてくるべきではない」という意見が大多数のマッチョな雰囲気を抱えており、その中でデイヴはあえて女性の友人にツアーに同行してもらったらしい。こういった男性主義のシーンに風穴を開けたい、という彼の思いや行動は、先述の「男と女に違いはない」、という彼の平等主義を物語る一つのエピソードだろう。

80年代後半に当時の彼女と別れ、息子ともはなればなれになってしまった心の隙間を埋めるために、90年代初頭にはメス(メタンフェタミン)中毒になってしまったデイヴ(「政治的バンドがドラッグ中毒」というイメージについても、自身の中で葛藤のようなものがあったとも書いている)。生活再建のために息子のいるポートランドへ引越し、しばらくはドラッグから離れた生活を送ったものの、あるきっかけでまたドラッグ漬けの生活に逆戻り。決して「いい話」ではないのだろうが、POISON IDEAのPig Championとメス三昧で、一緒にSUBMISSIVESを結成し、音源をNOFXのFat Mikeに売りつけて、そのレコードの売り上げでさらにドラッグ漬けになり、しまいには売人にまでなって……という彼の人生の明暗が、赤裸々に語られているのも本書の読みどころだ(KKKの女性や共和党青年部の女性と、彼女らの素性を知らずに寝てしまった、なんてこともさらりと語りながら…)。

 そのPig Championもそうだが、パンクシーンに長く身を置いて過去を語るとき、やはり既に亡くなっている人も多い。そういった亡き友人たちや家族(特に養父と母)との思い出も織り交ぜながら、デイヴが見せる友人や他者に対するまなざしは、いつも優しくあたたかい。MDCのメンバーも入れ替わりが激しいが、それぞれのメンバーについてページを割き、面白おかしく書いているのも、彼のやさしさの表れだろう。それゆえにみなデイヴについていき、ひいてはバンドが長続きするというわけだ(特にオリジナルメンバーで現在も一緒に活動している二人、ドラムのAl SchultzとギターのRon Posnerについては、色々あったけど大好きだよ、というデイヴの思いがよく伝わってくる)。

その後、90年代末から息子と一緒にニューヨークの両親のところに住みながら、特別支援教育の修士号を取って特別支援学級の現場で働き、MDCを再結成、ツアーやアルバム“Magnus Dominus Corpus”のリリースを経て再びポートランドへ戻り、両親も亡くなり、デイヴもブドウ球菌感染という病に苦しみながら、何とか病気を克服し、今も世界中をツアーしている。そしてそんなMDCは2018年、再び日本にやってくるのだ。
MDCの代表曲の1つでもある、“No war, No KKK, No fascist USA”のコーラスが印象的な“Born to Die”は、1980年にオースティンでKKKがデモ行進をしたときに、300人のパンクスと少しの過激派たちがKKKのデモ隊に投石し、行進を止めることができたという、「ストリート」での出来事から作られた曲だ。今はそれを“No Trump, No KKK, No fascist USA”と変えて歌っているのは、去年のライブで見た通り。このエピソードと同じような状況が、37年経った今、世界中で起きているのもこれまた事実。これはやっぱりMDCを見に行って大合唱するしかない!

書評のはずなのに、ほぼエピソードの紹介で終わってしまってすみません。但し書ききれなかったエピソードは他にも数知れず。今度のツアーでもまた売っているかもしれないので、ぜひ買って読んだらいいと思う。デイヴの英語は簡潔に書かれていてとても読みやすいし、偉そうに持論を述べることもない。デイヴが書くのは、あくまで長年のパンク生活で彼自身が何を体験し、どう思ったか、ということだけだ。
再び彼のステージングが見られることを楽しみにしながら、最後に本書のエピローグを抄訳して終わる。

「私にとってパンクとは、現状への服従に抗う苦悩と同じことだ。ヒッピー世界の理想が堕落し、その理想とは真逆になるのをじかに見てきた。結局彼らは音楽の商業主義化と商品化を受け入れ、ロックンロールをひとつの単なる機械にしてしまい、ミュージシャンをその歯車と化してしまったんだ。その事実が私にとっては、商業主義文化から自由になるための刺激となり、自分自身を100%パンクに没頭させることになったんだ。」(P.187-188)

22. January 2018 by sats
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Zay interview in Maximum Rocknroll #416

Zay is a new (not too new anymore?!) band from Mie and I interviewed them for a Japanese-language zine El Zine the issue of 26 which was published in July 2017 and now an English version of this interview is in the Maximum Rocknroll issue 416.
mrr416

EL ZINE vol.26に載ったZAYのインタビューを英訳し、マキシマムロックンロールの416号に掲載してもらいました。内容は同じものです(が、今回も部分的に削除されてるなあ。Instinct of Survivalとのツアーのところとか丸ごとカット。カットするときは事前に教えてねって言ったのに、連絡は相変わらずナシ。まあ完成の連絡来て見本誌もらうまでに40日かかるようなアンオーガナイズドっぷりなので、仕方ないんでしょう)。
これまで「ほしい」と連絡をもらったことはないので、まあもうMRRの紙版なんて、重くてかさばるだけで、あまり需要はないのかもしれませんが(何回も書いてるが、昔と比べたら内容も薄いし読みごたえは全然ないし、デモしか出してないような誰も知らないバンドが表紙になるようなこともあるそうだし、そもそも読者層が、例えば15年前とは変わった気もするし)、数冊手元にあるので、ほしい方は400円(昔名古屋のAnswerで買ってたときの値段!)+送料で購入いただけますので、メール下さい: nakanakananke@gmail.com

このライブの雰囲気楽しそう:

11. January 2018 by sats
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2017年、印象に残った本、音源

2017年に読んだ本の中から、印象に残ったものを。
感想も適当で、ちゃんと本を読んでいないことがバレるので恥ずかしい限りですが、まあ実際に読んでいるのは私自身なので、仕方なし。
振り返るとオムニバスや作家の短編集ばかり読んでいたので(1冊を腰をすえて読もう、という気があまりなかったんだろう)、そういうのは省いた(「心中小説名作選(集英社文庫)」なんて結構面白かったんだけどな)。
新刊をちゃんと追いかけていないが、なるべく2017年に近いもので…。以下、読んだ順で。

  • タイム・スリップの断崖で/絓秀実 (書肆 子午線 2016年)
    ちょうど自分が大学を卒業して、バンドをやりながら野宿労働者の運動に関わったりし始めた2004年から、「リベラル」が今上天皇を「民主主義」の最終防波堤として持ち上げるという、もう何だかわけがわからない状態になってしまった2016年までの絓氏の時評集。その時々で、ああこのとき自分は何をやっていたんだろう、と思い返しながら読んだが、結局どの時代も何もしていなかったんだなあ…。
    レベッカ・ソルニットと社稷を同列に置いてあったのは、akにそっと教えといた。
  • むずかしい年ごろ/アンナ・スタロビネツ 沼野恭子訳(河出書房 2016年)
    ボディスナッチャーとしての蟻。人称を変えることで侵食の程度が表されていて、おまけに字面にもアリさんマークが出てきて、ここ最近では「最悪」の読後感だった。ぞぞけが立つ、というのは名古屋弁だろうが、まさにそんな感じ。他の作品も強迫神経症的で、再読はためらわれる。
  • 眼の奥の森/目取真俊(影書房 2009年)
    沖縄と国家/辺見庸、目取真俊(角川新書 2017年)
    去年『ハクソー・リッジ』を見たとき、メル・ギブソンはこの小説を真面目に映画にしてみなさい、とでも言いたくなったのが正直な感想。太平洋戦争後期、沖縄での米兵によるレイプ事件が、現代のいじめにまで連環していく。辺見庸との対談は、恐らく今最も信頼に値する、現存する作家の2人によるもので、「腹をくくれ」と叱咤されているよう。

    「大衆とか、民衆とか、人民大衆ってのは、きわめてあやしいものだという思い込みがあってさ。だからそういう環境のなかで目取真さんの話をきいていると、清新なものがあるんだ。『最低の方法だけが有効なのだ』という最悪のテーゼを、あえて受容しますっていうのかね」(「沖縄と国家」P.87)

  • 戦争の法/佐藤亜紀(新潮文庫)
    近いバンドで例えると、DISTURDみたいな硬質で乾いた小説。『スウィングしなけりゃ意味がない』も読まないと。
  • MDC: Memoir from a Damaged Civilization: Stories of Punk, Fear, and Redemption/Dave Dictor (Manic D Press 2016年)
    先日出たEL ZINE vol.28にレビューを書いたが(近々ここにも載せよう)、これは本当に面白いエピソードの連続で、まあ知ってる話というのもあるし、何より自分がずっと関わってきたことの大元の話になるわけで、わりと早く読めた。やはりオリジナルの人、特に最初からパンクの政治性をブレることなくずーっと維持してきた人の経験や言葉というのは、その重みが全然違う場合が多いので、こういう本は引き続き読みたい。

そういえば「タイム・スリップの断崖で」と言えば、発行元の書肆 子午線の雑誌「子午線 Vol.4(2016年)」に、故安川奈緒氏の詩篇が載っていて、思わずビビった。別にファンだったとかではないのだが、2012年9月にパリにいたときに、オペラのブックオフに行って何となく本を見ていたら、「映画芸術」や「現代詩手帖」などが何冊かあって、おっ、と思って中をペラペラめくっていると、どうやらそれらは寄稿していた安川氏への献本だったようで、中には手紙が入っているものすらあった。亡くなってすぐだったので、タイミング的に売りに出されたのだろうと。偶然にせよそれを手に取ってしまったときは、何とも言えぬ気持ちになった。この詩篇を読んで、そのことを思い出した。

さて、今年は何を読もうか。ロシア革命100周年ということで買った本もまだ全然読めてないので、まずそのあたりから消化していかないと、知らぬ間に110周年とかになってそうだ。


ついでによく聞いた音源も(これも2017年リリースに限らず…)。

  • assembrage/A Curtain Call of an Aeon CD (Guerrilla Records)
    インタビュー用に少し早く聞かせてもらえたので、以降文字通りずっと聞いていた。最早名盤!
  • ZAY/Cry for the Moon CD (Zay-Nin Records)
    これもミックス前から聞かせてもらってたが、自分が昔使ってた古いMarshallのヘッドを貸したら、とんでもない音になっていたので、いやはや宝の持ち腐れとは正にこのことだなと。今後の活動も楽しみなバンドです。
  • VA/The Portland Edition LP (American Leather Records)
    流行? 糞食らえ、というJerry A.のアティチュードだろうが、ポートランドに長く住んで、その土地の変遷を目の当たりにしてきた人物がまとめたような内容なのはさすが。マスタリングはこれも例のブラッド氏なのね。
  • Insect Ark/Portal/Well CD (Autumnsongs Records)
    この人が前にやってたBee and Flowerが好きでよく聞いてたけど、あの艶っぽい声を封印したインストバンド。割と読書向けでした。
  • Pink Floyd各種(特に『Meddle』)
    酒飲んだ帰りの混んでる山手線でフルボリュームで聞くと、ピンク・フロイドはとても心地いいことがわかったのが、2017年の大きな収穫(電車自体の居心地の悪さの程度を下げられる。本当に都内の電車が嫌いで嫌いで…)。

あとG.A.T.E.Sの新譜もよく聞いたし(インタビューしたバンドばかりだな)、ペジャからもらったユーゴスラビア時代のシンセポップ、Romantične BojeのLPや、すげー今更なんだろうが、ドイツのオカルト・デスメタル、Necros Christosもよく聞いた。
ここ数年またレコードを買うようにはなったが、買う量は圧倒的に少ないので、その中で何か面白いものと出会えるといいんだけどな。

11. January 2018 by sats
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20180109 -年末年始&松本編-

今年の年末年始は、相方akは国へ帰っているので私はひとり。久々に田舎でゆっくり過ごした。実家に帰るごとにやっているが、一向にまとまらない置きっぱなしの本やDVD、VHSを整理、ひたすら食べてNetflixを見て(「ボージャック・ホースマン」ようやく見終わった。Season 5が楽しみ)、年末年始も休みのない弟が仕事から帰ってきたら、酒を飲んでレコードを聴いて。ただ地元に遊ぶような友人はいないので(中学の同級から年賀状が来ていたが、「2人目の子ができた」「家を建てた」のダブルパンチで、新年早々いかにも世間一般の「地元らしさ」「36歳らしさ」の脅迫を感じ、ただまあ「真っ当に」生きてりゃそうだよねと再確認し…。彼は恐らくこのブログを見ていないでしょうが、見てたらごきげんよう。年賀状いらないからメールか電話ちょうだいね)、人がほとんどいない柳ヶ瀬の中、ワンコインで頑張っているロイヤル劇場で、高峰秀子が主演の木下恵介の映画『永遠の人』を見たり(なかなかドロドロした映画だった。田村正和がアカになってたよ)、名古屋へ出て昔のバンドメンバーと遊んだり、移転したノーリモースへ行ったり。こう書くとなかなか充実してるみたいだな。

今年は年が明けてから、松本へ行ってしばらく過ごした。松本周辺はいつ行ってもいいところだ。T君がいろんなところへ連れてってくれる。今回連れてってもらった諏訪の「片倉館」、昭和初期のゴシック建築温泉がおもしろくて、内装はあれは何なんだろうか、ギリシャ風とでもいうのか、そして大理石の大浴場の深い浴槽の底には黒い玉砂利が敷いてあって、歩くと気持ちいい。熱めの湯だけど。

あとは松本城の東側へ少し行ったあたりに、古民家古書店や古民家上映施設(?)があって、その古民家古書店・books 電線の鳥というお店は、少し本が置いてある土間から中へ、まるでお家にお邪魔するような感じで居間に入っていくと、なげしの上の棚や足元の小箱に古本が並べてあるというこれまでに見たことのないスタイル! 那覇の麻姑山書房もこんな居住スペース的販売スペースがあったが、こちらはテーブル、座布団もあってさらに「友人の家に遊びに来た」風。こういうやり方もあるんだな。福永武彦の「玩草亭 百花譜」だったと思うが、ケースの中に飾ってあったり、コーヒーやお茶も飲めて、落ち着いた雰囲気のいい場所だった。

その近くに小松方正の生家があったことはツイートしたので省略。

あと、松本に川島芳子記念館があるらしいということで行ってみた「松本市歴史の里」。松本インターからすぐのところにある、長野、松本に関係するものがごった煮的に集められた施設だが、行ったときが嵐みたいなひどい天候だったので早々と退散してしまった。そして昔の建物をそのまま使った施設はとても寒かった。野麦峠を越えた女工たちを思え、と言わんばかりに、その寒さもこの施設の体験の内なのだろう。
施設のメインとなる建物、明治時代の松本地方裁判所がそのまま残っていて、建物内、奥の法廷で当時の裁判の様子を録音テープで疑似体験できるのだが、再生されるテープの伝える被告の名前は鈴木さんで、検事の言によれば2人くらい人を殺していたので、私は困惑した。

鈴木さんを有罪にしようとする検事

鈴木さんを有罪にしようとする検事


nomugi
あとは先述の野麦峠関連の建築物が移設されたものや、それと比べるとずいぶんと豪華な木下尚江の生家、あと戦後に実際に使用されていた松本少年刑務所の独房なんてのもあった。「独房に入ってみよう」コーナーがあり、外から鍵がかけられるので、二人で行ったら簡単に一人を閉じ込めて帰ってこられる体験型施設だ。川島芳子の記念室(記念館と言うほどの規模ではなかった)は写真や新聞の切り抜きなどの資料が展示してあるだけだが、その隣の廊下にひっそりとシベリア抑留関連の展示があって、抑留時に実際に使われていた道具類やペラペラの防寒具など、こちらの方が真に迫るものがあった。中でも吉田勇という抑留者の描いた「戦友の葬式」という1枚の絵が見もの。この動画の方のようだ:

松本の夜は毎度のごとく、Cさんのところですしを頂いて、夜遅くまでダラダラといろんな話をしたのでした。

例年、年末年始は浮かれるよりも、ああまた別の1年がやってくるんだと気怠くなる方だが、今年は友人たちのおかげもあり、あまりそういう気分にはならずに済んだ。テレビやネットを見れば、相変わらずどうしようもないニュースや情報ばかり入ってきて気が滅入るが、正月が明けたら会社に行かなければならない、という圧迫感が今年はないからかもしれない。ちょっと先まで仕事がない、という別の切迫感はあるんだが…。

09. January 2018 by sats
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