Gray Window Pressを始めました

先にも軽く告知しましたが、出版プロジェクトを始めました。
名前はGray Window Pressと言います。
ホームページ: https://graywindowpress.com/
※このブログの右側か下側にもバナーを貼っておきました。

3月中旬に、Debacle Pathという名前のジン(と言っても143ページのボリュームになってしまったので、もはやジンなのか雑誌なのかわからない)の第一号をまず出して、5月にはMDCデイヴ・ディクターの自伝、『MDC あるアメリカン・ハードコア・パンク史 ―ぶっ壊れた文明の回想録』を刊行予定です。6月にまた日本ツアーするので、それまでに出して、デイヴの人生を知った上でライブを見てもらったら、また違ったものが見えるんじゃないかなと。3年連続で来るわけだし。
詳細、アップデートは出版のウェブサイトやSNSで告知していきます。

とりあえずもうすぐ出るDebacle Path vol.1の内容をこっちにも貼っておきます。多分段々とこのブログを使わなくなるような気が…。ここのサーバ移設しないといけないみたいなので、その作業も大変そうだ…。
logo-sq


(English follows Japanese/英語の情報は日本語の下にあります)

Debacle Path (ディバクル・パス) zine vol.1
A5版 並製 143ページ
日本語(※各記事の概要あり(英語)/Includes English abstracts of each article)
1,200円+税

■小特集:日本のポリティカル/アナキスト・ハードコア・パンクを回顧する
インタビュー:
・大局を見極めろ!/マイク 小林(Power of Idea、Tribal War Asia, ABC Partisan Gig)
・パンクっていうのは自主独立/松原 弘一良(Mobsproof/F.F.T. label、Argue Damnation)
・世の中で起こっている悲惨な現実を肌身で感じたくて/松井 達浩(Result、無我)
・DIYは搾取される側の反逆の作法/植本 展弘(Voĉo Protesta)
寄稿:
・ナショナリズム批判と、パンク文化に於けるその諸相/黒杉 研而(Voĉo Protesta、ATF、Deformed Existence)

■現世界より
・〔イタリア〕トリノのスクウォット事情/しろー
・〔フィリピン〕麻薬戦争に抗する自律的行動について/チュン・バンディド

■エッセイ・記事:
・絶対兵役拒否宣言 NEVER SAY DIE! ①「草木は人間をゆるすのか」/モブ・ノリオ
・Antisect小史 ――昔のAntisect, 今のAntisect/鈴木 智士
・春、夏、秋/デイヴ・ディクター(MDC、『MDC あるアメリカン・ハードコア・パンク史 ―ぶっ壊れた文明の回想録』より)
・ボブキャット・ゴールドスウェイトはパンク・コメディアン/鈴木 智士

■レビュー(音源, 書籍)
・assembrage/Swarrrm -Split /鈴木智士
・The Sperm – Shh! /久保 景(Deformed Existence)
・Okkyung Lee – Dahl-Tah-Ghi、ゆれつずける/Zombie Nonhuman – Split /Terroreye(Kaltbruching Acideath)

・正しさと悪の間で ―ラジスラフ・フクス『火葬人』/堀 エマソン
・Bikini Kill再結成とパンク・ノスタルジー/A.K. アコスタ

■Art: Allyson Mellberg-Taylor, Jeremy Seth Taylor

———————————————
[English]

Debacle Path zine vol.1
A5 (14.8cm x 21cm), 143pages
Japanese (includes English abstracts of each article)
1,200yen+tax

-Special feature of the issue: Reviewing Political/Anarchist Hardcore Punk in Japan
-Four interviews with punks who were/are involved with the “political” hardcore punk scene, especially from 90′s to 00′s.

“Make Sure of the Whole Situation”/Mike Kobayashi (Power of Idea, Tribal War Asia, ABC Partisan Gig)
“Punk Is Independence”/Koichiro Matsubara (Mobsproof/F.F.T. label、Argue Damnation)
“To Feel Cruel Reality Happening in the Real World”/Tatsuhiro Matsui (Result, Muga)
“DIY Is a Rebellious Action by Those Who Are on the Side of the Exploited”/Nobuhiro Uemoto (aka noiz) (Voĉo Protesta)
Article: Criticizing Nationalism and its Various Aspects in Punk Culture /Kenji Kurosugi (Voĉo Protesta、ATF、Deformed Existence)

-From the Current World
[Italy] The Squatting Situation in Turin/Shiro
[Philippines] Stories behind the Autonomous Initiatives against War on Drugs/Chung Bandido

-Essays, Other Articles
Declaration of Ultimate Refusal of Military Service: Never Say Die!
(1) “Do plants forgive humans?” / Norio Mob
A short history of Antisect: Past Antisect, Current Antisect/ Satoshi Suzuki
Spring, Summer, Fall/Dave Dictor (Japanese translation from “MDC: Memoir from a Damaged Civilization” (Manic D Press)).
Bobcat Goldthwait Is a Punk Comedian/Satoshi Suzuki

-Reviews
Music:
assembrage/Swarrrm – Split 7”EP
The Sperm /Shh! LP
Okkyung Lee /Dahl-Tah-Ghi CD
Yuretsuzukeru / Zombie Nonhuman – Split Cass

Books:
The Cremator (Spalovač mrtvol) by Ladislav Fuks / Emmarson Hori
The Bikini Kill reunion and Punk Nostalgia / A.K. Acosta

-Art
Allyson Mellberg-Taylor, Jeremy Seth Taylor

28. 2月 2019 by sats
Categories: books, gray window press | Tags: , , | Leave a comment

2018年 印象に残った本

2018年に読んだ本のリストを見返してみると、昨年はMDC本の翻訳をやりながら、翻訳に関する本や自主出版関連本、あとinDesignのマニュアル本といった実務に直結する本が思いのほか多く、その他は小説ばかり読んでいたようで、批評、評論の類の本は、買っても数ページ読んで積読入り、という、ずいぶんと偏った読書をしていたらしい。しかもこうやって振り返るまで、それに気付きもしなかったというのが情けない。映画は例年より多く見たからそのせいと、読書の時間が翻訳作業に置換されていたという言い訳で、ここは逃げておこう…。

  • 月/辺見庸(角川書店)
    これは正確には、一昨年暮れから角川のPR誌「本の旅人」上で連載が始まって、その連載を読んでいたのだが、毎月末に届くペラペラの冊子がとても「重く」感じるような、そんな10ヶ月だった。2016年の相模原の障害者施設での「大量殺人」を扱った小説だが、「きーちゃん」という「ベッド上にひとつの“かたまり”として存在しつづける」園の入所者の視点から、そのきーちゃんの世話をする職員の「さとくん」――後に「あなた、こころ、ございませんよね?」と施設の入所者の虐殺を行う人間だが――その視点へと、段々と「ずれて」いく様がとてもおそろしく、それは多くの人が持っているであろう「私は健常者であるという自己認識」による、障害者への無自覚な差別心を、否応なしにえぐって突きつけてくる。昨年末に新宿紀伊国屋で行われた講演で、この事件に対するメディアの報道の、もっともらしい言葉、テンプレートの「冷たさ」、偽善(そして毎度のごとくの都合のいい忘却も含まれると思うが)に対するには、フィクションによって「沈黙している者に語らせる」こと――それはきーちゃんも、そしてさとくんのことすらも指しているのであろうが――は、小説、詩でしかできないことだと辺見氏は言われていた。
  • 虹の鳥/目取真俊(影書房)
    目取真俊の掌編「希望」を拡大し、そこに「スクールカースト」や若者の暴力を入れ込んだような2004年の長編。かなり凄惨な描写も続くが、ここで描かれる暴力構造は、そのまま沖縄が受けてきた暴力構造の戯画化のようでもある。目取真氏は今も辺野古でボートに乗って抗議活動を続けているが、そのせいで執筆の時間が取れないとどこかに書かれていた。2017年秋の「三田文学」に「神ウナギ」という短編が載っていたが、それも戦前から今にわたって沖縄を蹂躙し続けるヤマトの話だった。
  • BARABARA/向井豊昭(四谷ラウンド)
    不勉強な私は、この向井豊昭というかなり特異な作家をようやく知って(最近の批評家で一番信頼している、同世代の岡和田晃氏の何かを読んでいてだったと思うが)、これをまず読んでみた。表題作は今住んでいる荒川区の散歩コース、南千住の小塚原の回向院(ターヘル・アナトミアの碑だけでなく、高橋お伝や鼠小僧、磯部浅一の墓もあるが)や処刑場、コツ通りなどの描写が、歴史の本でも読んでいるかのように説明的に登場し、「ゴキッ!」というどこか気持ちのいい音は、名もなき敗残者への供養のようにも聞こえ、ラストは1989年のヒロヒトの崩御につながっていく。代替わりで元号が変わるという、今年こそ読まれるべき短編なのかも、崩御じゃないけど。しかしもし向井氏が、ハイライズが建ち並ぶ、現在のジェントリファイド南千住を見たらどう思うんだろうか。ワンカップをあおる山谷のおっさんは、南千住の駅の辺では見かけなくなったと思うが、早朝ならまだいるのかな。
  • さらば、シェヘラザード/ドナルド・E・ウェストレイク 矢口誠訳(国書刊行会)
    国書刊行会の「ドーキー・アーカイヴ」の1冊。スランプに陥ったポルノ小説作家が、とにかく何でもいいから25ページを書く、というのが繰り返されていくが、メタメタフィクションとでも言うのか、こんなのアリなの?という驚きと、(作中の)作者のルーザーっぷりが愛しい。軽妙な訳文も好みだった。
  • 砕かれた神 ある復員兵の手記/渡辺清(岩波現代文庫)
    先の大戦の戦争責任をまったく取らなかったヒロヒトへの呪詛がつらつらと書かれた、敗戦後すぐの1945年9月から翌4月までの日記のかたちをとった作品。これは作品内の実時間で書かれたものではなさそうなので、多少の脚色は入ってるんだろうが、興味深いのは、復員してからの毎日の農作業の描写と、戦後の困窮期における都市と農村の立場の逆転がある種痛快に読めてしまうのは、私が農村目線で読んでいたからだろう。さて、日本社会の変わり身の早さ=原爆を落とされたアメリカに言いなりで、特にそれがマッカーサーと天皇が並んでおさまる写真で突きつけられるが、今まで自分が信じていたもの=神としての天皇は一体何だったのか、と、まわりはみな死んでいった中、20歳で復員し、それまでの自分の世界が足元から揺らぐわけで、それは確かに過酷な経験だったはずだ。また戦中は皇国史観に沿ってうまいことやっていたインテリや学校の先生のような奴らの変わり身の早さ、「神国日本」だと言っていた同じ口で、「あの戦争は間違っていたとわかっていた、今は民主主義だ」と唱えだす。こういったところも見逃すことなく日記に記される。ラストの天皇に対する「直接行動」も、潔癖症的な自己完結なのかもしれないが、心情は理解できる。
    また、当然のごとく、中国でしてきた「武勇伝」を語る復員兵の話も出てくるので、引用しておく。

    「上海から南京まで進撃していく間に、そうだな、おりゃ二十人近くチャンコロをぶった斬ったかな。まあ大根を輪切りにするみてえなもんさ、それから徴発のたんびにクーニャンとやったけや、よりどりみどりで女にゃ不自由しなかった。ほれ、この指輪も蘇州でクーニャンがくれたやつさ、たいしたもんじゃないらしいけんど、そのときもこれ進上するから命だきゃ助けてくれって泣きつきやがったっけ。でもさ、生かしておくってえとあとがうるせえから、おりゃ、やったあとはその場で刀でバッサバッサ処分しちゃった……まあ命さえあぶなくなきゃ、兵隊ってのは、してえ事ができて面白えしょうばいさ。それでお上から金ももらえるんだから、博労なんかよりもずっと割がいいぜ」

03. 1月 2019 by sats
Categories: books | Tags: , , , , | Leave a comment

2018年 映画ベスト

さて、2019年もロクな年にはならないと思いますが、よろしくお願いします。

2018年は仕事もそんなに(し)なかったので、結構映画も見れたが、行ったのは特集上映や名画座ばかりだったようで、いわゆる新作映画というのはそんなに見ておらず、劇場で見た53本のうち、24本。秋に岩波ホールでやってた「グルジア映画祭」は結構通ったし、年末のイメージフォーラムでのアラン・ロブ=グリエ特集も見たかったものは(1つだけ残ってるが)見れた。
以下順不同で、また例年通り記しておきます。

  • スリー・ビルボード(2017年 アメリカ、イギリス/マーティン・マクドナー)
    体感的には2年くらい前に見た気がするが、これまだ2018年だったのね。フラナリー・オコナーも映画内で言及されていたらしいが(気づかなかった)、アメリカ南部(舞台はミズーリだったが)のある種の田舎ホラーとしても見れた。別に怪物が出てくるわけでもないが、人の善悪に白黒つけたがる時代の潮流に、こういった方法で抗するというのはよくできた映画なんじゃないかと。火炎瓶を警察署に投擲するフランシス・マクドーマンドには慄えた。
  • ハッピーエンド(2017年 フランス、ドイツ、オーストリア/ミヒャエル・ハネケ)
    ハネケの映画の中でも、『コード・アンノウン』、『隠された記憶』の系譜にあるような、現代フランスの「格差」、人種間の無関心を、スマホを効果的に使ってえぐったような映画。こう見ると、フランスってやっぱり「いい国」じゃないよなあ(いい国なんてどこにあるのか知らんが)。
  • タクシー運転手 〜約束は海を越えて〜(2017年 韓国/チャン・フン)
    ソン・ガンホとユ・ヘジンが出てたらそれはもう間違いがないわけだが、数ある光州事件を映画化したものの中でも、それをある種「外」から描き、なおかつコミカルに、「トラック野郎」ばりのフレンドシップに支えられたカーチェイスも交えて、スピードのある映画とでも言うか。ただ事件の概要を知りたければ、2007年の『光州5・18』(キム・ジフン)を見たほうがいいかも。あとその後の民主化抗争を描いた『1987、ある闘いの真実』(チャン・ジュナン)もよかった。これもユ・ヘジン出てたな。韓国の社会一般が健全に機能してるとは、韓国の友人から聞くことあまりはないが、それでもこういう自国の歴史の「負」の側面を、自分たちで映画にできるというのは、少なくとも文化的にはとても健全だと思う。
  • カンボジアの失われたロックンロール(2014年 アメリカ、カンボジア、フランス/ジョン・ピロジー)
    東京国際映画祭で見た映画だが、実は上映の1ヶ月くらい前に、「東京のジェントリフィケーションについて教えてほしい」と監督からメールをいただき(通訳のHさんがこのブログを見つけて監督に教えた、というのが真相だった)、会うついでに見たのだったが、これこそ労作とでも言うべき、緻密な取材と流れるような編集により、50年代から開花したカンボジアの大衆ロックを追いかけ、その一連の「出来事」をスクリーンに蘇らせていく。歴史上の必然とでも言うべきか、ベトナム戦争とクメールルージュによってそれは破壊されてしまうのだが、原題の“Don’t think I’ve forgotten”(忘れたと思わないで)という言葉どおり、それらの音楽はその戦禍の中でも、地下に潜って、ほとんど口承のようにして生き伸び続けた、というわけだ。結局買えなかったけど、サントラの2枚組LPほしい。
  • 快楽の漸進的横滑り (1974年 フランス/アラン・ロブ=グリエ)
    2016年のカナザワ映画祭で『エデン、その後』を何となく見てしまい、白昼夢のような感覚を味わった(実際に上映中に寝てしまったからかもしれないが)記憶はその後も結構引きずっていて、他のアラン・ロブ=グリエの映画も見たいなと思っていたわけだが、今回の特集でようやく見れた。他の何本か(特に白黒の)は相変わらずウトウトしてしまったが、どの映画も基本的にやってることは似通ってる気もする中、これはその後のフランスの、イザベル・アジャーニ→ソフィー・マルソーにつながる流れの源流のような、アニセー・アルヴィナの悪魔的な魅力に惹かれて寝る暇なし。自壊していくようにも思えるアルヴィナのわけのわからなさに横滑りさせられてるのは、登場するバカな男たちだ。また、ケン・ラッセル『肉体の悪魔』、鈴木則文『聖獣学園』にも勝る、アンチクライスト尼さん映画でもあるような。

日本映画が1本も入っていない! そもそもほとんど見ていないからだが、『霊的ボリシェヴィキ』はクラウドファンディングのお返しでチケットが2枚来たので2回行ったが、あと2回くらい見ないと正直判断がつかない。ボルの形を借りた百物語みたいなストーリーやあの廃工場の「禍々しさ」は、何かイヤなもの見てるなあとゾクゾクしたが、ちょうどFatumのインタビューにも出てきたドゥーギンの使い方は、あれはどうなんだろうかと立ち止まって考えてしまう。『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、末井昭の書く文章も彼の人生もわりと好きだが、それが映画になったからといってなんてことはなかった、という…。
旧作だと東映の『夜明けの旗 松本治一郎伝』(1976年、山下耕作)が見れたのはよかった。これとか、去年の『従軍慰安婦』みたいな映画をちゃんとDVDで出して、日帝とは、天皇とは、と、ちゃんと考えるためのひとつの材料にすることって、特に今年はかなり重要になるんじゃないのだろうか。

その他、『フロリダ・プロジェクト』と『ビューティフル・デイ』、『クレイジー・リッチ』は思いっ切り見逃した。『レディーバード』はちょうどアメリカにいたときに見たので、日本語字幕でもう1回見たら細かい部分の感想が変わるのかも。ファスビンダー『第三世代』は、確固たる思想なきニヒリスティックな極左テロリストを茶化している部分もあるんだろうが、もっとバックグラウンドを知ってから見るべき映画だったんだろう。あとようやく『ルート181』が見れたのはよかった、パレスチナに行く前に見ておくべき映画だったが。他にはアンドレイ・ズビャギンツェフの『ラブレス』は、飛行機内で見たので上記には入れなかったが、ロシアでももう人々は「消費」にしか興味がなくなって…、ということも、先述のFatumのインタビューで触れられてたな。
先に触れたグルジア映画祭は、グルジア(今はジョージアと言うべきなのか)は今でも死ぬまでに行ってみたい国のひとつだが、正教と因習によるものなのだろうが、どの映画も本当に女性に対する仕打ち/女性への「扱い」がひどいのが印象的だった。ダヴィト・ジャネリゼ『少女デドゥナ』でも、「女にとって夫の名声は何にも勝る」ということが祖母から語られる。同監督の2004年のドキュメンタリー『メイダン 世界のへそ』を見る限り、宗教や人種間の不和はなさそうな感じだったが、女性のことについてはよくわからず。ジェンダーギャップなど、今はどうなのだろうかと。
字幕ないけど、『少女デドゥナ』

さて、映画館に行くよりも家で映画を見ることのほうが多いし、Netflixを見始めてからはアメリカのドラマなんかにも手を出してしまったので、劇場以外で見たもので面白かったものもいくつか書いておこうと。
とりあえず今一番おもしろいドラマは、去年も書いたがNetflixの「グッド・プレイス」。シーズン3が始まったらジャネット(ダーシー・カーデン)がさらに大活躍で、あの女優さんすげえなあと。マーヤ・ルドルフも出てきたし。あとは、元々FOXが作って新しいシーズンはNetflixが引き継ぐことになったらしい「ルシファー」も、別に特筆すべきものがあるというわけでもないけどずっと見ている。そういやどっちも地獄と天国の話だな、描き方はまったく違うけど。ここ数年のアメリカの終末感から来てるんだろうか。「ルシファー」の主演のローレン・ジャーマンは、クリスピン・グローヴァーの“It Is Fine, Everything Is Fine”にも出てた女優で、『ホステル2』を見て以来のファンなのです。ジャームスの映画『狂気の秘密』(2007年)にもベリンダ・カーライル役で少しだけ出てる(あの映画は取るに足らない映画だと思うし、そのあとジャームスがダービー・クラッシュを演じた俳優をボーカルにして再結成したのもどうかと思うが)。
他に、「American Vandal」というモキュメンタリー・プログラムも、チンコやウンコという低俗な仮面をつけつつ、カメラを回したらもう加害者、という、森達也が言ってたようなドキュメンタリーの加害性や、SNS依存社会を批判してて面白い。他にも面白そうなのがいろいろあるんだが、これ全部見ようと思ったら仕事なんかしてる暇ないよな。Netflix全部見させろ!とでも言いたい。
そういえばNetflix製作の新作映画がNetflix上で公開されるようになったので、それらはだいたい劇場でもかからないし、もう劇場で見た映画だけで、「ベスト」とか言うのも時代錯誤になってくるのだろうかとも思える。その中のひとつ、『アナイアレイション』は、タルコフスキーの『ストーカー』+J.G.バラード『結晶世界』に『ラピュタ』でも足したような世界観で、特に音楽はこの監督の前作『エクス・マキナ』に引き続き、Portisheadのジェフ・バーロウとベン・ソールズベリーのコンビで、相変わらず素晴らしいスコアだった。

あと今年もカナザワ映画祭の字幕をいくつかやったが(いや、結構やったな)、その中でいい映画だなと思ったのは、「UMA怪談大会」でかかった『サスクワッチ 獣人伝説』(1976年)。幻の生物サスクワッチを追う探検隊のモキュメンタリーみたいな映画だが、アメリカ北西部、いわゆるカスカディアの自然がとにかく美しくて、それだけで見る価値があった。こりゃ独立したくもなるよなあと一瞬思ったが、現在カスカディアの独立に関わってるのは、エコロジスト、オレゴン的リベラル・ヒップスター(地ビールとか作ってる人たちとか?)、そしてそれを利用しようとする白人至上主義者の三つ巴らしく、元々白人の多い地域だし、トランプ以降はいろいろきな臭いんだろうなと。カスカディアン・ブラックメタルなんてのも一時期よく耳にしたが、それらはELFまでは行かなくとも(そのへんと絡んでたバンドもいたが…)、おそらくエコロジスト的な感覚なんだと思うが、このへんの独立運動に関わってるんかね。
話が飛んだ。あとは「世界陰謀論大会」でかかったジョセフ・ロージーの『ザ・ダムド』(1963年)は、いわゆる冷戦下の世界滅亡の恐怖モノだが、バイカーパンクスみたいな不良グループがずっと歌ってる「♪Black leather black leather kill kill kill…」という歌は、今もたまに口ずさむくらいかっこいい。そういえば去年はアンスティチュ・フランセで、ジョセフ・ロージーの『鱒』(1982年)も見たが、Axegrinderの新譜『Satori』の「アプロプリエーション」は、ベイビーメタル聞いて辿り着いたのでもなく、フラワー・トラベリン・バンドでもなく、この映画でも見たんじゃないかと勘ぐりたくもなるような変な映画だった。オリエンタル・ジャパン。

さて今年はもう少し仕事しないと死にかねないので(出版の方も始まるし)、もう最新映画を追いかけるのもやめようか。

03. 1月 2019 by sats
Categories: films | Tags: , , , , , | Leave a comment

【軽い告知】Debacle Path、MDC本の出版

あららら、ここをしばらく放置してました。Fatumは無事ツアーを終えて帰っていきました(いつの話だ)。ライブはギターもグシャっとしててステンチ度高めでしたが、音源は綺麗に録ってるのが彼らのポイントだな。

さて、私事ですが、現在進行中のプロジェクトがとりあえず2つあって、以前ツイッターには書いたんですが、とりあえず来年春くらいに「Debacle Path(ディバクル・パス)」という名前のジン?雑誌?(内容はまあもちろんハードコア・パンクを中心としたものになるわけですが)の第1号を出すので、それに入れる記事やインタビュー諸々を準備してたり、寄稿依頼をしたり。あとは、以前レビューを書いた縁で、MDCのボーカル、デイヴ・ディクターの自伝『MDC: Memoir from a Damaged Civilization』(Manic D Press)の日本語訳版を出版することになったので、その翻訳作業もまだ取りかかり中…。
「自分でできることは自分でやろう」ということで、それらのために小規模出版社を立ち上げるので、その準備も同時進行中。本の作り方を勉強したり、ドメイン取ったりサイト作ったり、よく知らない不慣れなことを、友人や図書館、グーグルを頼って何とか進めています。今は「ひとり出版社」とか、いわゆるリトルプレスのようなものも多いし、意外と何とかなるもんだ。出版の方のウェブサイトは、まだ中身が空っぽなので、用意でき次第またここで告知します。

MDCの今年7月、スロヴェニアはリュブリャナの最高なスクワット集合体・MetelkovaにあるClub Gromkaでのライブの様子。

12. 12月 2018 by sats
Categories: debacle path | Tags: , , | Leave a comment

FATUM インタビュー

遂にツアー開始! EL ZINE vol.31に掲載してもらった、Fatumのインタビュー全編をこちらにも載せておきます。



8月末から9月頭にかけて来日予定のロシア・モスクワのメタリック・クラスト・バンド、FATUM(ファータム)。局地的に話題沸騰中のバンドですが、今回は“Rise of Crust”を掲げるバンドのイメージや音楽性についてはもちろんのこと、あまり知られていないロシアの現行のパンクシーンの話から、「反プーチンデモ」の実情やウクライナ紛争など、現在のロシアを取り巻く政治的状況や、ロシア現代思想にいたるまで、幅広く答えてもらいました。

2018年3月~4月、メールにて


■まず最初に、FATUMの結成について教えてください。FATUMはいつ始まった?
Tsyrik(以下T): インタビューよろしく! FATUMが始まったのは10年位前で、2008年のはじめ頃だったと思うけど、みんなそれまでやってたバンドが嫌になって、音楽的にも歌詞としても、もっとやんちゃでアグレッシヴなバンドをやろうとしたのが始まりだね。FATUMはハードコア・パンクとメタルを半々にした音楽をモスクワでやり始めた最初のバンドだよ。
バンドのメンバーは始まった頃からは変わったけど、2009年から今のラインナップだ。俺がギター、ボーカルはPaul、ベースがR-dose、Tsunarが電撃ドラムだね。
みんな地元でいろんなバンドをやってきて、今も掛け持ちしてるメンバーもいるよ。TsunarはREPTILOIDS、PHENOLHOUSEや他のプロジェクトでも叩いてきたし、俺はFURTHER CHARGES (80’s UKスタイルのパンクロック )、VENDEL (オールドスクールなエピック・メタル)とかをやってるよ。

■FATUMの音楽性を説明すると?
T: Total Crust Mayhemだな! それで十分だろ。
Paul(以下P): VENOM + EXPLOITED。

■FATUMを始める時には、やりたい音楽の方向性は決まってた?
T: ああ、もう決まってたね。核となったアイデアは、音楽的にパンクとメタルをミックスすること。ただスキルなんてものはまったくなくて、それまで各々がやってきたパンクバンドで得た基本的な演奏技術に、たくさんのメタルやハードコア・パンクのクラシックなバンドの影響を受けて、こういった音楽性にしたんだ。ノイズと安い酒にパワーを得て、始めから荒くて獰猛な方法でやりたい音楽を具現化していったんだ。
P: バンドの最初期は、オールドスクールなブラックメタルにパンクを足して、「死んだ神々の気まぐれにより 血は流され続けてきた」みたいな歌詞を歌ってたんだよ。ただその頃も今も、音楽的にも美学としても影響を受けたものは変わってないけどね。それからしばらくして、「クラシック」なクラストをプレイするようになったんだ。ただ叙事詩的に現代社会の暗部を歌うために、神話的なものや、歴史の審美性からは影響を受け続けているよ。

■現在のところの最新アルバム「Life Dungeons」(2015年)では、ギターの刻みや速いビートなど、よりスラッシュメタルっぽいアプローチの曲が増えているけど、このアルバムを作る時に何かそういったアイデアはあった?
T: 「Time Passes to the Dark」(2012年)をリリースしてから、新曲がたくさんできたんだけど、特に「メタル化」するような特別なアイデアがあったわけじゃない。メタルっぽさは常にFATUMの音楽の一部だったし。でも俺個人としては、FATUMの曲は全部ハードコア・パンクだと言うけどね。少しずつ変化をつけながら、やりたいことを続けてきただけだよ。続けるうちに俺たちの演奏がうまくなったから、よりメタリックになったと言われるのかもね。途中でボーカルが変わったのも、バンドの音楽性に大きく影響したな。
「Life Dungeons」のレコーディングは、実はなかなか大変だったんだ。Paulは当時サンクトペテルブルクに住んでて、他の3人はモスクワにいた。俺はそのころ住む場所がなくて、そのせいで生活も荒れてて、レコーディング中も泥酔してたり、とにかくグダグダだったんだ。バンドにとってもあまりいい時期じゃなかったから、自分たちが本当にやりたいことを考え直して、それを追求したんだ。何とかそれがうまくいったと思うけどね。このアルバムの曲は速くて激しいのが多いけど、これが俺たちが感じていた表現だったんだ。メタルとかそういうのにどっぷりハマろうなんてことは思ったこともないな。ただ自分たちのやりたいことをやってるだけだよ。

Life Dungeons (2015年)

Life Dungeons (2015年)

■FATUMのアートワークはどれもとても「クラスト」的で、ケルトやペイガンの模様なども使ってるけど、アートワークの着想はどこから? スラヴの神話や伝統からの影響はある?
T: 子供のころから、古代や中世の歴史、ゲルマンやスラヴ、初期のケルトの歴史や文化、神話、あとはその壮大で勇壮な詩が好きだったんだ。合わせてそういったテーマのイラストや絵画も大好きで、これまでずっと、いろんなところから関連する絵やイラストを探してきたよ。少しあとになって、いわゆるクラシックなクラストのアートワークに衝撃を受けたね(DEVIATED INSTINCTのミッドは最高!!!)。そういったアートワークを手に取ると、今でも大きなインスピレーションを受けるんだ。だから自分たちのアートワークへの影響もかなりデカいね。FATUMのアートワークは、今日の生について、古代の厳格なイメージを使った寓喩でもあるんだけど、そういったインスピレーションに自分のアイデアを足して作っているんだ。全体の主題としては、「生と死のはざまの探求」のようなものだけど、バンドの歌詞ともリンクしてるよ。


■日本のパンクスはロシアのハードコア・パンクのシーンについてあまり知らないと思うから、基本的なことを教えて。普段どんなバンドとライブをやるかとか、モスクワに限らずどんなバンドがいるかとか。あとライブはどんな場所でやってるかとか。スクワットみたいな場所はある?
T: 地元モスクワのシーンには特別な歴史があるよ。ルーツはソ連の終わりが近づいてきた80年代だね。90年代から2000年代にかけても、様々なタイプのハードコアバンドやパンクロックバンドが現れては消えていったよ。ソ連時代に生まれたものだからなのかもしれないけど、どのバンドもちょっと変で、個性があったよ。
現在のロシアのハードコア・パンクシーンは多種多様で面白いと思うよ。昔からやってるかっこいいバンドもまだ活動してて、毎月ライブをやってるし。モスクワやサンクトペテルブルク(ここのシーンは素晴らしいよ)のような大都市だけでなく、地方の小さな町にもバンドはいるね。モスクワにはいつもパンクやメタルのライブをやってるクラブがいくつかある。スクワットを作ろうと試みた地域もあったけど、今のロシア政府の政策によって、すべて警察に排除されたね。
よく一緒にライブをやったりする仲のいいバンドをいくつか挙げると:
DUKE NUKEMはサンクトペテルブルクのバンドで、TANKとDEATH SIDEやPOISON ARTSのようなBurning Spiritsハードコアを混ぜたような音。
DISTRESSはサンクトペテルブルクのよく知られたD-beatバンド。活動歴も長く、今も精力的にやってるバンドの一つだね。あと俺たちの最上の飲み友達でもあるんだ(笑)。最新のEPをチェックしてくれ!
モスクワのREPTILOIDSは、残念ながら最近解散しちゃったけど、強烈なロウ・ハードコア・パンクだよ。EPが出てるから聞いてみて。本当にヤバいから。
REPRESSION ATTACKはリャザンのバンドで、地獄の底からやってきたようなオールドスクールなステンチコアだ。アルバムが1枚と、シングルが2枚くらい出てるはず。
KARZERはこれもサンクトペテルブルクのバンドで、サイケデリックなステンチコア。本当に独特な音で、カセットが出てるよ。
さっき名前が出たけど、FURTHER CHARGESはモスクワと南部ヴォロネジのバンドで、UK82スタイルのアングリーなパンクロック。去年デモテープが出たんだ。俺が入ったのは2016年で、前のギタリスト、凄く仲もよかったんだけど、彼が亡くなってしまって、それで加入したんだ。
CHAOSBRINGERはロシアのBOLT THROWERだね。最近アルバムが出たよ。
他にも、今はもう活動してないけど、素晴らしい音源を残したバンドもあるから紹介しておくよ。
BLOODSUCKERS(サンクトペテルブルク)は KAAOSスタイルのロウ・ハードコア・パンク。
UNBROKEN BONES(イジェフスク)は、以前EL ZINEにインタビューが載ったから知ってる人もいるだろうけど、80年代のUKハードコアとUSハードコアが合体したような、素晴らしいバンドだよ。
SHITWORLDはモスクワのバンドで、DISCARDやASOCIALみたいなスウェディッシュ・スタイルのロウ・パンクだね。
たぶん言い忘れてるバンドもいるけど、今のロシアのハードコア・パンクシーンを知るには、とりあえず今挙げたバンドをチェックしてみて。

■FATUMのメンバーは政治的な活動には参加してる? 一般的なニュースやメディアで知る限り、2011年12月の下院選挙に端を発した大規模なデモ以来、プーチン政権に対するデモが随時起こっているようだけど。2014年にはクリミアへの軍事侵攻があったし、ロシアをめぐる政治的な出来事は、ここ最近は何かしら起こっているようにも思えるし。これについて何か思うことは? アナキストやパンクスはこれらのデモに参加してる? それとも「リベラル」が主導しているだけ?
(と、この質問を書いている間に、プーチンの大統領再選が「正式」に決まったみたい…。)

T: もっと若かった頃は、アナキストの行動や反戦運動、動物の権利の活動なんかに参加してたよ。そういった活動に参加することが、俺たちの生活の大きな部分を占めてたんだ。参加してるのはみんなハードコア・パンクのシーンの奴らだったし、現代社会が毒されてしまったものをすべて否定する、という立場だったんだ。2000年代の中盤までは、地元のシーンはとてもポリティカルだったよ。道を歩けばナチ・スキンズがウヨウヨいるし、警察はあらゆる社会的弱者に対して途轍もなく暴力的だったから、大変な時期だったけど、忘れられない瞬間もたくさんあったね。俺たちも真面目だったっていうのもあるけど、まあとんでもない時代だったよ。大都市では暴力沙汰が減って、事態はある種膠着したけど、自活するしかない地方の町では、まだ危険な状況は続いてる。
時が経って、個人的な問題とか、他の活動家との不理解とか、意見の相違とか、そういういろんな理由が出てきて、俺たちはもっと音楽に集中するようになったんだ。怒りとか、嫌な出来事や経験を、全部音楽にぶち込んでね。だから昔と比べたら今は活動家というわけじゃないけど、昔の経験や考えは今でも信じてるし、それを今はバンドの曲や歌詞として表現してるってことだね。
今の地元の左翼運動については、たくさんの活動家が参加してるけど、大きな変化を起こすには全然足りていない。ロシア政府は、そのイデオロギーや政策に反対する人たちに対しては、マジで容赦ないからね。でもそんな政府に順応しない人たちは、今も確かにいるよ。

■アクティビズムでの内輪モメは、残念ながらやっぱりどこの国でもあるよね。そういった活動に参加してたときは、クロポトキンやバクーニンは読んだ? アナキストの活動、政治的な行動に興味を持ったり、参加する際にはまず参照すると思うけど、特に彼らはロシア出身の重要なアナキスト思想家だから、地元ではどのように理解されてるのかなと思って。
T: バクーニンとクロポトキンは、世界中のアナキストの運動に大きな遺産を残したよね。だから彼らの基本的な著作は、運動に深く関わる人たちやその思想に沿って生きていく人たちにとっては、馴染み深いものだと思うよ。俺自身も何度か読んではみたんだけど、16歳か17歳の頃だったから、完璧に理解できたとは言えないな。若いパンクスにとってはちょっと難しすぎるのかもね(笑)。だから当時の俺としては、そういったアナキズムのバイブルみたいなものよりも、CONFLICTやCRUCIFIXの歌詞の方がわかりやすくて、もっと身近なことだと思えたね。

■確かにサっと読んでスっと理解できるものでもないよね…。
現在のロシアの状況については?

T: 今は「保守」イデオロギーとともに、強力な独裁体制が敷かれていて、それにそぐわないものや、反抗したり、反国家を信奉する人々に対しては、権力はまったく容赦しない。言論の自由や選択の自由は脅威にさらされてるし、その傾向が強まっているよ。それ以外の政治的な「対抗勢力」ってのも完全なまやかしで、人々をもっと盲目的にして分裂させ、お互いを理解できないようにさせてるだけだ。メディアによるバカで冷酷なプロパガンダや、西側の国によるロシア人へのプロパガンダも同様だね。そのせいで事はもっとややこしくなってるし、この状況を利するのは権力者だけで、人々はそのドツボにはめられていることすら気付かずに、ただ生活で手一杯だ。すべてがクソみたいに見え透いててバカバカしい。実際に何が起きているか、誰も文句も言わないし、本当に恐ろしい状況さ。俺たちの未来も危ないだろうな。

P: このプーチンの選挙等に反対する一連のデモは、全部茶番だね。ロシアには、反対勢力なんてものはまったくないんだ。もう今となっては、それが現れる可能性すらない。実際にデモをやってるのは「リベラル」の連中だけで、ただ自分たちのことを宣伝してさらに金を得ようとしてるだけだし。システムは人々をカゴの中に閉じ込めて、自分たちの生活の問題で手一杯の状態にしてるんだ。個人的に思うのは、唯一の抗議の方法というのは、自分の人生において妥協をせず、本当に必要なものを見極め、奴らの倒錯したモラルに騙されたり、買収されないようにすることしかないんじゃないかな。かつてはパンクスによるデモもあったけど、警察にボコボコにされて半殺しにされたり、あと自然保護の活動家が、道路建設による森林伐採に反対する抗議行動を行ったときには、犯罪組織を動員されての「運動つぶし」に遭ったこともある。そのときはテレビで短く、「サッカーファンが乱闘騒ぎを起こしました」みたいに報道されていた。もちろん奴らは、そんな抗議行動があることすら一般の人々に知られたくないからさ。
ウクライナでの問題に関しては、デモというのは起きてないね。ただ東ウクライナの国境・ドンバスでは激しい闘争が行われている。ロシアのバカどもがウクライナの軍に入隊して、ただ人殺しを楽しむために軍事行動に参加してるんだ。だからアンチ・ファシストの活動家がそこに行ってウクライナ軍に対して戦ったりしたんだ。そういう軍隊のバカどもがより極悪になって、血に飢えて戻ってこないようにね。俺たちの”Life Lost”という曲は、そのことについて歌ってるよ。

■ドンバスの状況は複雑で正直よくわからなくて、そもそも西側メディアの情報が薄く入ってくるだけの日本のメディアだと、「ウクライナは民主化を求め、EUに加盟したい。アメリカもそれを支持している」、「でもロシアがそれを邪魔する」みたいな報道のされ方が多かったんだけど、もう少し詳しく教えてくれる?
T: ウクライナの「革命」が起きた時、ロシア系ウクライナ人がたくさん住んでいるウクライナ東部で軍事行動が起き、ルガンスク人民共和国とドネツク人民共和国という、ウクライナ政府が呼ぶところの「反政府組織」とウクライナ政府の間で戦闘が起きたんだ。そこではウクライナ軍による市民の虐殺があり、紛争が起きた最初の数ヶ月は特にひどかった。ウクライナ軍はそれらの東の「独立国」に大規模な砲撃を行い、親ロシア派の軍隊はウクライナ軍に対して反撃し、今も戦闘は続いてる。
ウクライナの「革命」には、たくさんの極右ネオナチが参加し、革命の大きな力となったことはよく言われている。そいつらはナチなんだけど、自分たちの軍隊を創設し、それをウクライナ政府が公式に支援している。アゾフ連隊(注:ハーケンクロイツを掲げたり、ナチスのSS師団のひとつ、「ダス・ライヒ」の「人狼」マークを模した部隊章を使用している)とかのことだね。こいつらが東部での紛争時に、ウクライナ側の前線にいて、そのウクライナのナチ軍隊にロシアの極右のバカたちも大勢参加し、親ロシアの反政府組織と戦闘してるってわけだ。Paulが言ってる「ロシアのバカども」ってのはこいつらのことだよ。そいつらはロシアでは刑務所にいたり、街頭で人殺しを行ってたような連中だ。それでウクライナに引っ越して、今やウクライナの警備隊となったそのアゾフ連隊や、ウクライナの警察に入って身を立てたってわけだ。一方で、ロシアのアンチファやその他の人々が、親ロシアの「反政府組織」に参加し、ウクライナのナチ軍隊と戦った。俺が知ってるのはこれくらいだ。ただ政治的なプロパガンダがあふれてるから、一連の出来事を客観的に見るのはなかなか難しい。西側メディアもロシアのメディアも、それぞれ自分たちの利益のために、まったく別の状況を伝えているし。ただ言えるのは、死んでる、殺されてるのは市民だということだ。住む場所を破壊され、ただ殺されてるんだよ。完全に狂った暴力が横行してるんだ。Paulが言ったように、俺たちの曲“Life Lost”や“Death Holder“は、この最悪な戦争犯罪を反映してできた曲さ。

■なるほど…。ロシアの極右がただ人殺しのためにウクライナ軍に参加して、ロシア系の人々を殺す、っていう図式はなかなか簡単には想像できない状況だね…。
最近ある雑誌が現在のロシア現代思想についての特集を組んでて読んだんだけど(「ゲンロン6 ロシア現代思想I」)、その中に、アレクサンドル・ドゥーギンの『〈第四の道〉――〈第四の政治理論〉序説』の一部を抜粋したものが載ってました。ドゥーギンは国家ボリシェヴィキ党に参加していた過去があり、その思想はイタリアのネオナチ/オカルト哲学者ユリウス・エヴォラや、フランスの神秘思想家ルネ・ゲノンに影響を受けていると言われていて、またプーチンにも近く、「ネオペイガニズム」(スラヴ神話などに関連したペイガニズムで、現代社会の「進歩」を批判し、人々をもっとファシスト的な方向へ導くものだそう)や、「ネオユーラシア主義」を経由した帝国的ナショナリズム、ファシスト的な思想を持った人物だそうで。またその雑誌には、今日のロシア現代思想は、リベラリズム、コミュニズム、ナショナリズムと3つに分かれており、それぞれが別の世界のように、お互いが関わり合うことはない、とも書いてあったんだけど、このあたり、現在のロシアの現代思想や政治思想の状況について思うことは?

P: ドゥーギンについては、今は国家ボルシェビキ党とは無関係で、ネオペイガニズムには興味を持ったことはないんじゃないかな。彼はロシア正教徒で、新プラトン主義を我流に理解している。そこまで彼の思想に詳しいわけじゃないけど、彼が主張する「伝統主義」のコンセプトについては知ってるよ。それは新プラトン主義哲学のまた新しい解釈で、現代世界は精神的に破滅しているとして批判していた。彼が最悪なのは、彼の言う「精神的破滅」に対抗する方法というのが、強力な権力を持った、キリスト教的「天の王国」を統合する皇帝――哲学者が支配する国家の建設、だと主張したことだね。プラトンの『国家』(ポリテイア)や、古代インドのカースト制社会のようなね。彼らの思想は、現実世界を天の王国と無理矢理併合するような、形而上的な構造を持った社会を創造することなんだ。彼はユリウス・エヴォラよりも、ルネ・ゲノン、特にゲノンの『世界の終末―現代世界の危機』に影響を受けている。長い間彼はプーチンには敵対していたけど、後に、ドゥーギンの考える保守革命の第一歩となる帝国主義体制のリーダーになるには、プーチンには十分な素質があると判断して、プーチンを支持し始めた。でもドゥーギンはロシアではあまり人気はないね。彼は時には、「神はインターネットにお怒りだ」とか「ヒゲの無い男どもは全員ホモか変態だ」とか、完全に狂ったことを言ってるからね(笑)。人々は彼のことを独りよがりの誇大妄想狂だと思ってるよ。だからドゥーギンは、大学教授は政治に深く介入できないという理由もあって、モスクワ大学での職を失ったしね。まあそういうことだよ。
今日のロシアの思想や哲学では、あまり興味をそそるものはないね。政治思想はその通りで、リベラリズム、コミュニズム、ナショナリズムに完全に分かれてるよ。コミュニズムとナショナリズムは常にお互いに過激で、建設的な対話ってのは無理だろうな。現在見られる人間の荒廃は、人間性を伴った教育の瓦解によるものと、ソ連が崩壊し、「鉄のカーテン」が消滅して、人々が消費の自由以外に興味がなくなってしまったことによるものだと思うよ。

■なるほど、ドゥーギンが現地ではそのように見られてるというのは勉強になったよ。
ところで現在Paulが信奉、もしくは共鳴しているような思想はある? あとコミュニズムが現在のロシアでどのように見られているかや、例えば現在の「第一世界」において、アメリカならバーニー・サンダースが、イギリスなら労働党のジェレミー・コービンが、それぞれ社会主義者やマルクス主義者とされていて、コミュニズムや関連する左翼的思想は、「現実的」な思想として再考されている動きもあるけど、そのへんはどう思う?

P: 政治的な手段で生活が良くなるなんてことには、希望もないし、ただフラストレーションしか感じない。俺達みたいなパンクスのことは誰も必要としてないし、気にもされない。普通の人たちは俺たちのことを、ただいつまでも青春時代にハマって抜け出せない連中だと思ってるだろうな。たとえ周りの人たちと良い関係が築けたとしても、俺たちとは全然違うタイプの人たちだし、心の中に抱いている夢ももちろん全然違う。多くの人は、未だにパンクスのことを、気が狂ったサタニストだと思ってる。でもそれはただ単に、道徳観の基礎がそもそも違うからなんだろう。俺はいかなる政治運動を信用もしないし共鳴もできないよ。そのいずれにとっても、俺たちは無機的すぎて意味がないだろうからね。
今のロシアにおけるコミュニズムは、ある種のレトロなものとして考えられてるよ。おばあさんたちのためのようなね。昔育ってきたソ連時代の生活にノスタルジーを感じたりする人たちだね。ソ連とロシア連邦はいろんな点で全然違う国だし、そういった人たちはずっと信じてきたもの、すなわちソ連という理想的な国のイメージが、崩れ、本当の顔がさらけ出されたことで、すべて失ってしまったんだ。
「第一世界」のコミュニストについては、良いか悪いかは何とも言えないな。現実問題として、何の意味もないと思う。人間の考え方を、いくつかの対抗軸で分類して対立させること自体が、「精神の冷戦(Mental cold war)」状態だからね…。それか敗北を感じた人々による社会の譫妄状態なのかもしれない。とにかく俺たちは、いかにして本当の「人間」になるかを考えるべきだね、クソみたいになるんじゃなくて。

■なるほど、思想云々よりも、真に人間であることはどういうことか、ということを考えてるわけだ。ちょっと長くなったので、バンドの話に戻りましょう。FATUMは西ヨーロッパも何度かツアーしてるけど、そういったツアーで、例えば現地のパンクスと会ったりして感じたことを教えて。私は何年か前にヨーロッパを東から西まで旅したんだけど、「ヨーロッパ」と一言で言っても、ギリシャや旧ユーゴスラビアのような「東」とか「南」や、ドイツやイギリスなんかの「西」では、環境も雰囲気も随分違うなと思ったけど。
T: ヨーロッパツアーはこれまで何回かやったけど、毎回最高で、忘れられない瞬間とか、最高におかしなことをいつも経験してるよ。ツアーは音源を作るのと同じくらい重要なことだね。個人的にはツアーってのは、人生で起こりうる一番最高のことだと思ってるよ。
最初に海外でライブをやり始めたときは、ロシアとはまったく違う生活を各地で見たよ。でも別に自分の国の生活と比べる必要なんかないんだ。だってそれは完全に違う世界で、ものの考え方も違うし、生活スタイルやその地でできること、地元の習慣とかあらゆる特徴なんかも全然違うものだからね。一つ言えるのは、ロシアでライブをやるよりも、ヨーロッパをツアーしたほうが生産的ではあるね。ハコも人も大体最高だし、ハコのPAとか機材もレベルが高いし。だからヨーロッパでのライブはだいたいいつも素晴らしいよ。DIYパンク文化も、ロシアではまだ新しくてちょっと変わってるけど、「西」では古い歴史があるしね。ただこれだけは認めるけど、ロシアでのライブはヨーロッパよりももっと狂ってて、ワイルドでパワフルだね。どのライブでもみんな狂ったようにポゴってるよ。だからもっとたくさんのバンドがロシアに来たらいいと思うよ。ロシアに来たバンドは、みんなこの地で受けるサポートに衝撃を受けて帰ってくよ。まあとにかくツアー生活ってのは最高だし、実現するのはなかなか大変だし、いつも困難がつきまとうけど、それに代えても価値あるものだと思うよ。

■地元モスクワでは、DISCHARGEやANTISECT、MOB 47や、最近だと人気のPOWER TRIPなんかともライブをやってるけど、これらのバンドとのライブはどうだった?
T: 彼らとのライブは最高だったね。特にDISCHARGEとのライブは、俺にとっては最高に意味のあるものだったね。そのライブは、FATUMの今のメンバーでの最初のライブで、すげー緊張して心臓はバクバクで、心を落ち着かせるのが大変だったよ。でも結果的にいいライブができたし、DISCHARGEのメンバーも最高だったね。ラットが完全に酔っ払うまで、一緒にロシアのウォッカを飲んだんだ(笑)。素晴らしい夜だったよ。
去年の夏にはINSTINCT OF SURVIVALとミニツアーをやったけど、これはまさに「RISE OF CRUST」だったね。彼らとは、「別の母親から生まれた義兄弟」って感じで、ここ数年でも一番最高のライブとパーティーだったよ。

■アルバム「Life Dungeons」の最後の曲、“The Man behind the Sun”では、日本陸軍が戦時中に率いた恥ずべき悪名高い機関、「731部隊」について歌ってるけど、これはどのように着想を得た?
T: 俺はこの731部隊のおぞましい行為にとても興味があって、文献を読んで詳細を知って、相当の衝撃を受けたんだ。だからこの曲を書いた。タイトルは同名の映画(邦題:『黒い太陽 七三一』)から取ったんだ。あの映画で描かれた、731部隊が戦時中に中国で行ったことは、とてもショッキングで恐ろしいことだよ。

■あの映画の英語版のタイトルだったんだ。まあ「そんな事実なかった」と言っている歴史修正主義者は相変わらずいるんだけどね…。
普段バンド以外は何してる?

T: 他のバンドの活動だよ! バンドに全部時間を持ってかれてるね。あとは飲んでバカ騒ぎをすることは俺たちの重要な任務だな(笑)。あとこの国じゃ失業者に対する補償なんてないから、イヤでもくそったれの仕事に時間を割かれる。最悪だよ。

■この前、ロシアの映画監督、アンドレイ・ズビャギンツェフの新作『ラブレス』を観たんだけど、現代人の孤独が人間性を侵食しているような、とても暗くて悲しい話だったんだけど、観た? ロシアの現実の生活ってこんな感じなのかな、と疑問にも思ったけど。
T: 俺は観てないんだけど、うちのドラマーが観たらしく、かなり正直にロシアの現実を描いてるって言ってたよ。

■日本一般に対するイメージは? 好きなバンドとかはいる?
T: 日本のシーンやバンドは大好きだよ。ハードコア・パンクのバンドが好きだけど、メタルもだね。他のジャンルも聞くし。
俺の好きなのは、DEATH SIDE、POISON ARTS、G.I.S.M.、RANDY UCHIDA GROUP、CROW、THE COMES、WARHEAD、ZADKIEL、SABBAT、SOCIETIC DEATH SLAUGHTER、DISCLOSE、CONTRAST ATTITUDE、KURO、VIRUS、XENOLITH OGER、44 MAGNUM、ZOE、鉄アレイ、FRAMTID、ZOUO、S.O.B.、BASTARD、SLANG、REALITY CRISIS、EFFIGY、LIP CREAM、FINAL BOMBS、CONFUSE、THE SEXUAL…他にもまだまだあるよ!
最近のシーンはまた違って、もっと激しいバンドもいるね。AXEWIELD、ISTERISMO、AKKA、ZAY、DISTURDとかね。よく聞くのは、どのバンドも激しくてとてもパワフルだってことだね。日本ツアーでこういったバンドやシーンが見れるのは最高に幸せだよ。

■では最後に一言。日本ツアーで何かしたいことはある?
T: ZAYとの日本ツアーは本当に楽しみだ! 日本に行けるなんて、俺たちの人生で最高に楽しい瞬間になるのは間違いないね。超楽しみにしてるし、ほんと待ちきれないよ。待ってるこの間も日本への興味は尽きないし、既にとっても幸せだね!!
日本のパンクスへ、もうすぐ会えるのを楽しみにしてるよ! サトシ、インタビューありがとう! モスクワより愛を込めて、カンパイ!

26. 8月 2018 by sats
Categories: el zine, interviews, music | Tags: , , , | Leave a comment

← Older posts